………………疲弊。ただつかれた。ペンを握るちからはともすればかんたんにぬけてしまう。

   どうしてあんなにかなしい書き方をしてしまったのか。どうせ最後にはどうしても幸せになってしまうくせに。終わってしまうくせに。…………苦悩というのは最後まで報われない。苦悩しつづけないと報われないのだ。それを晴らしてしまっては、永遠に報われずにいるものに成ってしまうのだから。 

   だから、だからどうか、わたしを救わないで、救わないで、わたしの、わたしのだ。わたしのからだだ。わたしのこころだ。救うな。わたしのものだ。わたしを救うな。わたしのだ。…………どうしてそうもかん
たんに。 

 恥だ。 



  わたしの身体には縫合の痕があった。入社2年目、ちょっとした交通事故で骨折をした際に手術した時のものだ。
 わたしは彼との決別以降、彼と言葉を交わしたことはない。会ったこともない。目を合わせたこともない。あれはわたしたちにとって決定的なもので、どんなにわらったって塗りつぶしようのないものだ。だから、二度はなかった。 

 けれど、彼がいた気がする。
 彼が傍にいた気がしたのだ。 
ちがう

     手術後、麻酔が抜けきらずにうとうとしていた。だいたい、交通事故、全身麻酔というものを今まで経験したことがなかったもので、自分でもよくわからなかった。事故に遭ったな、手術したのか、くらいはわかっていたが、とどのつまり、わたしにできることはしずかに眠っていることだけだった。   
 酩酊、みたいな。うごかそう、みたいな。
 異常というか、不思議な感覚だった。母もわたしを産むとき、こんな心地だったのだろうか。それとももう、…………。これは罰か。しらない。   




「ごめんなあ」



  父を思い出す。

「ごめんなあ、なまえ
  幼稚園の入園準備、慣れない裁縫に情緒をぐちゃぐちゃにしながら父は言った。
「ごめんなあ、なまえ、本当は、お母さんのほうが、いいよなあ」

 嘘だ。
  本当は、こう言いたかったんだろ。

 「ごめんなあ、なまえ、本当は、お母さんのほうが、いいんだ」     


 …………

   知っている。  
 わたしはいつでも、愛されるはずではないこと。 


   刺激しないようにするためか、わたしは暗く、くらいほどの部屋に閉じ込められている。時計の音もしない。いまはいつなのだろう。やっぱりわからなかった。
  わからない、は、こわい。自分がいま、ほんとうに生きているかもわからなくなってくる。泣きじゃくれないくらい廉価なおそろしさがする。故にこのおそろしさは、生きている限り永遠についてくるが、わたしはそれを今後一生意識できてしまうようになる気がした。
 生きているうちの死に、触れ合いすぎたのだ。そしてもうこわくなどなくなってしまいそうだった。  


   自殺。 
 そうだ、自殺。

 いっそう死が近くなった。
 死が腑に落ちそうになった。


 そんなとき、彼が鳴らしたのだ。


 たぶん、おそらく……そんな曖昧なこともなかった。確証なんてないくせに、彼だと、思った。
 そうして、単純に、きになった。今までずっと、疑問に思うことすら避けていたことだ。
 かれはいま、なにをしているのだろう。 



 かれがいま


   それで、わたしは死を思い出した。生きているうちの死ではなく、生のつづきの死を。
 それでわたしは思い出した。
 ああわたし、彼のこと、好きじゃないか。  



しらないわかる  なんてないでもどうしてかそうだときめてましまっわかってしまった !


  涙が溢れて、止まらない。  

             ちがう、ちがう …
 ちがう。ひとの本質は信じることだ。信じて、ねがうこと。いまも書いている。信じながら書いている。わたしはわたしが生きていることを信じながら書いている。生きているのではない、書いてる。それだけだ。
 それだけなのに、なぜ忘れていたのだろう。



 いかないで、いかないで.. ・ ・.・…


 もう、わたしは彼の瞳のやわらかさでしか感動できない。  
 ぜんぶ貰われてしまった。そうだったじゃないか。それになんの未練もなかった。未練なんかなくて、わたしは単純にそれを享受してた。だって、怒っていたじゃないか。あんなについてまわったじゃないか。ばか。ばーかばか。   


   何もかも、いらなかった。彼でいてくれれば。
 彼がやさしくないのなら、やさしくなくてよかった。でも彼はやさしい。そう信じてやまない。わたしは白痴のこころで、そう思ったのだ。
 天使じゃない。神じゃない。彼でなくても、彼ならいい。彼と信じていられれば。それでわたしなら。たとえ辿ってしまっても。ねがってしまっても。
 彼の息遣いは聞こえない。彼の足音は聞こえない。         



 いかないで

いやだいやだ
   彼はいない。

 でも、へんなの。それがばかみたい。
 わたし、彼のこと、めちゃくちゃ好きじゃないか。
 そっとおくだけの救い。手を伸ばせとも言わない。救われる自由。救われない自由。だれでも。彼にしては、彼らしく配慮の行き届いたやさしさだった。     
ちがういやだおいていかないで


             
 
 どこにもないただのオルゴールの音色は、ただのわたしの死を眠らせた。       



             いかない で