目が覚めると目の前にはわたしをしっかり抱いて眠っている半裸の男性がいて、……やっ やっちゃったのかな なんて思った。

 寝顔だけじゃ判断出来ないけど、でもすやすや眠る顔はだいぶ整っているし、肌も綺麗だし……ワンナイトしちゃう顔かもしれな……
「うおあーっ!!」
「ワアーッ」

 でもヒゲの処理してない!
 ヒゲがない人がタイプだから、ぜったいちがう!!

 目の前のひとを蹴り飛ばすと、その人は奇声をあげながらゴロゴロと転がって、遂にはシーツごと視界から消えていった。
 ……辺りを見回すと、何やら超高級ホテルの高層階みたいな雰囲気。今寝転がっているベッドも、今まで見たことなかったけど、たぶんキングサイズベッド。壁は四方のうち2面がガラス張りにカーテンがかかっていて、これまた大きい。
 ガラスを割って逃げるなんて無理だから、逃げ道はたぶん、奥の閉まっているドアひとつだけ。他はバスルームか何かっぽい。
 冷静に逃げ道を見つけて、さっきの男の人が起き上がらないうちにダッシュでドアまで行く。
 ドアノブにかじりついて押したり引いたりしても、ドアは一向に開く気配がなかった。
 ヤバい、と冷や汗をかいていると、男性は眠たそうにのろのろと這い上がってくる。うう、とかいたい、とか言いながら、シーツを退けてわたしを見る。
 ぱち。目が合った。
「あ、起きたんだ」
 ひどく冷静に言われて、こちらもなんだか冷静になってしまう。
「あーあ、起きちゃった」言い直すな

 一体どういうことだろう、と立ちすくんでいると、男性はふわぁと呑気にあくびをして、ごめんね混乱するよねと言った。ベッドから落ちたシーツを元に戻す。
「もしかして、記憶ない?」
「えっ」
「まあ、あってもなくても、一緒に寝る仲じゃなかったから、驚くよね」
 勝手に納得しないでほしい。
 男性はなおも落ち着いた様子でシャツを羽織る。わたしのことなんかすっかり見ないで、緩慢な仕草でボタンをひとつずつ留める。
 その長髪とも短髪とも言えない髪が揺れるたび、変に心がざわざわする。嫌な感覚じゃないけど、不自然だ。
「お腹、空いたかな。何か一緒に食べようね。記憶がなくなったからと言って、好物は変わらないだろう?」
 そんなにつらつらものを言われても、わたしは未だこの状況を理解出来てない。
 戸惑うわたしを見透かしたように、誰かがうすく笑った。
「大丈夫。悪いようには、ならないから」



 なにもかもわからない状況で、実情わたしはこの人の言うことを聞くしかない。服を着替えてと言われたから着替えて、着いてきてと言われたから着いてきた。
 連れられた部屋には食卓があった。テーブルの上、既にプレートが用意されているのは、きっと移動中にこの人が端末を弄っていたから?
 それにしても用意した人も見えなければ、移動中も誰ともすれ違わなかった。大きめのホテルだと思っていたが、すべて貸し切っている? そんなわけないか。
「食べないの? なまえちゃんの好きなものしかないだろう」
 ほら肉とか卵とか。全部なまえちゃん好みの、子どもっぽい味つけだよ。
 食べ物の好みを把握されているのもなんだか怖い。でも、言うことを聞かなかった時の反応がわからないから、ひとまずは従っておく。当然のように名前も知られているし、下手なことはしないほうが良いんだろう。
 いや、子どもっぽいって言われた。
「……いただきます」
「うんうん、食べな食べな。食べ終えたら、歯を磨いて、それで好きな映画でも観ていると良いよ」
 休日の過ごし方?
 突然知らない場所で目覚めて、知らない男性に世話を焼かれて、遂には映画でも観てなと言われた。全くわけがわからない。どういうこと?

 食べ終えると、本当に男性の言った通りにさせられた。先程の部屋に戻って、しゃこしゃこ歯を磨いて、でっかいスクリーンを出してもらって、ベッドの上で好きな映画を観た。何度観ても飽きない、と個人的に思っているラインナップの映像を用意されていて、それもまた怖い。

「この俳優最近不倫したってね」「えーそうなんですか」「しかもダブル不倫だったかな」「海外スターははじけてるなー」ナチュラルに横に寝転んで映画鑑賞するこの人はまじでだれなの
 わからないけど、居心地はまあまあ良い。男性が足をパタパタさせながら観るものだから、たまに尻を足の指で刺される。
 この頃には現状把握なんてどうでも良くなっていて、スクリーンを眺めているうち、一切の警戒心なく寝落ちしてしまった。