目が覚めるとしっかりすっかり夜になっていて、ベッドの上にはわたしひとりになっていた。
目をこすりながらお布団を退かす。まじで警戒心ないなわたし、とちょっと反省していると、部屋のどこかでカタンと音がした。
部屋のどこかっていうか、ベッドのすぐ横だ。
音のしたほうを見ると、予想外にも人がいてビビり散らかしてしまう。こんなに近くにいたのに気配がまるでしなかった。
「お前、こういう映画好きだっけ」
今日は知らない人からやけに映画の話を聞く。映画デー? そういう商法? 人を監禁して映画中毒にさせようキャンペーン?
ビビるわたしをよそに、その人はしずかに言葉を連ねる。
「そこまでは知らなかった。今度なんか観に行くか。無理か」
ばらばらの円盤ケースたちの裏面、おもしろおかしく書かれた説明文を目で追いながら、親しい友人のように語って、それから特に寂しさも感じさせないまま諦観を示した。
いつまで経っても、わたしを見つめようとはしない。
「すげえ寝てたけど、風呂入ったのか」
「いや……」
「夕飯は」
「お腹すいてなくて」
「そりゃ、そうか。じゃあ風呂の前に水くらい飲んどけ。持ってくる」
やさしい。
全然知らない人だし、誘拐犯(?)のわりにサービスが手厚い。
「ありがとうございます」
「……敬語やめろ。傷つく」
今日会う人たちは、まるでわたしの知り合いみたいに喋る。朝のあの人が、わたしの記憶の確認をしていたけど、それと何か関係があるのだろうか。
「お前は誰に対しても、礼儀要らねえから」
なんだかすごく無礼なやつ呼ばわりされた気もするけど、そういうものか。
ペットボトルのお水をもらって、その時やっとその人の瞳が見えた。繊細で、今にも融けそうな青色をしている。
おみず、うめー。
のんきにごくごく飲んでいると、途中でゲホゲホ噎せてしまった。
「あーもう何やってんだよ、落ち着いて飲めって」
そう言って、わたしの背中をぽむぽむ叩いてくれる。やさしい。
「やっぱ起きたばっかだから、色々難しいか? 風呂ひとりで大丈夫か?」
大丈夫じゃないと言ったら、平気な顔で一緒に入りそうな勢いだ。それくらい真面目で、しかも本気な気がする。
大丈夫と伝えると、そうかとお返事をした。俺は一緒に入っても良かったと付け足す。
もしかして、この人はわたしの恋人だったりするのだろうか。
今日起きるまでの記憶がないから、なにもかもよく分からない。でも好きな食べ物は覚えているし、好きな映画もわかるし。
そもそも、なんでわたしはここにいるのか。さあ……。
風呂から上がると、夕飯は食べなくていいけど、一応寝る前にボスに挨拶しとけと言われた。
「ボスって?」
「はあ? もう会ってんだろ」
さっきの人は、ボスなのか。
蹴り飛ばしても怒らないあたりやさしいボスだなという感想を持ったけど、ボスなんて単語が出てくる時点で一気に犯罪臭が増した。やっぱり誘拐っぽい。
「昼寝してて眠くねえと思うけど、それでも夜は寝とけ。まだ慣れないだろうから」
「わかりました」
「……首領に敬語使わないほうがいいぞ」
「なっなんで」
「喜ばれるから」
わたしってそんな、なんかのボスにタメ口きくような命知らずだったのか。
聞けば聞くほど以前のわたしが激ヤバ人間に思われるが、言われたことには素直に従っておく。
「敬語なしで、あと森さんって呼べ」
「もりさん」
「俺のことは中也って呼んでた」
「ちゅーや」
「ン」
「なんか照れるな」
「あと、ちゅやっちとか」
「たまごっち?」
タメ口でてきとうに、さっきの映画おもしろかったね森さんと話すと、森さんはどこか嬉しそうに微笑んだ。
「途中で寝てたのに?」
「うっ、まあ、はい」
そうだね。まあ面白かったね。
「特に、イジワルな教師に花火を打ち上げるシーンなんて良かったね」
「あれ最高すぎる、まじでやってみたすぎる」
「ここではやめてね」
冒頭ハム太郎みたいに話しかけただけだったのに、それだけで随分上機嫌になったように思えた。
「でも屋上ならできるのかな……屋上くらいならいっか? ねえ中也君」
「特務課が大騒ぎしそうですね」
「うーんそれも一興かな。なまえちゃん花火見たいよねえ、映画みたいな、Wの形のねえ。逆に見たらMだし良くない? 作れる業者探しておこっか」
……わたしが中也さんと一緒に来た時、森さんは何やら豪華な夕飯を食しており、一旦手を止めさせてしまったのが申し訳ない。だから、わたしとしては早めに挨拶を済ませて退散したかったけれど、ご機嫌な森さんはひどくわたしと話したそうに話題を追加していく。
「空飛ぶホウキもなんとかならないかなあ。乗ってみたいよねえ」
高そうなでかいステーキが冷めちゃうよォ
視線で指摘するけど、あ、食べる? とか言われて全然だめだった。
むちゃおいしかった。
やっと部屋に戻った頃には、もう明日が近い時間だった。
ていうか最終的には椅子を用意されて普通に歓談していた。デザートもジュースも出てきて、まるっきりディナータイムというかんじだった。執事さんみたいな人が当然のように居たし、やはりカタギでないのは間違いない。
あの展開には中也と名乗るこの人も困ったようで、部屋を出てから随分長引いたな、良いけどよ、と呟いた。
「巻き込んだ? みたいで、ごめん」
「気にすんな。首領も喜んでた」
わたしと話すことであんなに楽しそうにするのは、どうしてか。
わからないけど、そう言われて悪い気はしない。
「寝る前に甘いもん食べたんだからしっかり歯磨け。虫歯なンぞ」
「お母さん?」
「おう」
「え!?」
「冗談に決まってんだろ。んだよその反応信じたのかよ」
今はなんでも信じやすい状態なので、冗談でもやめてほしい。
その後本当に歯をしっかりしっかり磨かされ、ふかふかの布団を被せられ、布団越しにお腹をぽんぽこと雑にやさしく叩かれた。
「おら寝ろ」
「昼寝いっぱいしちゃったからなあ」
「数ヶ月寝こけてた奴が今更何言ってんだよ」
「えっ」
まさかの新情報。
わたし、そんなに寝ていたのか。
「そんな? そんな寝てたの?」
「おう」
「そ、そんな……事故とか?」
「そんなとこ」
なるほど事故に遭って昏睡状態でしかも記憶喪失か。そんなドラマみたいなことある?
でも事実として本当にあるらしい。
「心配した」
…………目を伏せて、わたしに触れる自分の手を見つめるその横顔は本当に美しい。しばらく見とれていると、ごく自然にわたしの瞳に視線を寄越してきた。
今日、はじめて目が合った。
「俺はな、なまえ」
はじめてなのに、これが普通だった気もする。
「本当のところは、分からねえ。でも、今となっちゃ、どっちだっていい」
だっておまえは、ここにいるし。
どこか自分に言い聞かせるようなしおらしさで、それでも強い意志を以て、真っ直ぐに、すこし何かを違えたようにわたしの目に訴えつづける。
目を。逸らしてはいけない気がした。
逸らしたかったのに。
「今度は、彼奴の思い通りになるな。次は彼奴を選ぶなよ」