「いいかー散歩中、絶対着ぐるみ脱ぐなよー」
「どういうこと?」

 どういうこと?

 夏にヨコハマで大量発生しがちな電気ネズミの頭部分を被せられ、わたしは困惑していた。
「んでこいつと手ェ繋いでな。絶対一人行動すんなよ」
 当然のように知らん人と黄色のもふもふおててを繋がされ、まじでわけがわからん状態になっている。
 だっ 誰。めっちゃ誰。
「芥川、歩くスピード考えてやれよ」
「………………。」

 ……この人、部屋に入ってくる時はめちゃくちゃ丁寧に中也に挨拶してきたのに、中也に「じゃあ、このピ〇チュウ建物ン中散歩させてやって」と言われた途端、は? みたいな顔をしてそれから一言も喋らなくなってしまった。そりゃそうだよ。
 知らない人の登場と展開の読めなさに焦って中也をつんつんすると、中也はああと呟いてからけろっと答える。
「俺今日忙しくてさ、ごめんな」
 そうじゃないが。
 なんで中也が一緒に散歩してくれないの? ではなく、全体的にこれどういうことなの? というのが疑問なのだが。
 じゃあ気をつけて行ってこいよと背中を押され、もう色々謎のまま歩き出す。
 訳分からんけども、とりあえず外出はどうしてもだめらしい。だめだけど、わたしが駄々捏ねてしょうがないから建物内の散歩なら許したってことだろう。
 それにしても着ぐるみはなんなのだ。わたしってそんな、人前に晒せないような人間だったのか。
 まあ何にせよ、結果としては上々だ。これからどんどん要求をエスカレートさせて、最終的にひとりで外に出るのも許してもらえるようにするぞ! ルンルン!

「あいつどんな反応すっかな」





「……」
「…………」

 き、気まずい……。

 ルンルンで部屋を出たのは良いものの、白黒さんはまじで一言も喋ってくれない。まあそりゃそうだよね。急に上司(多分中也のが上?)に呼び出されて向かったら「この着ぐるみ散歩させて」だもんな。
 わたしだったら嫌ですというところを律儀にこなそうとするあたりめちゃくちゃ真面目な人だろうし、真面目な人だからこそ訳分からんだろう。
「あ、あのぉ」
 沈黙が耐えられない系の陰キャなので、話題が定まらないままとりあえず話しかけてみる。

 すると、その人の足がぴたっと止まった。
 わたしのこと……というかピ〇チュウの目の部分をぽかんと見つめてくる。
 え、どういう反応?

 もしかしてまじでピ〇チュウはピ〇チュウだと思っている人だろうか。だとしたら人語で話しかけてしまって大変申し訳ない。ピッピ〇チュウ! とか話しかけたほうが良かったのかな。
「……ピ、ピ〇チュウ」
 わたしもといピ〇チュウ(わたしじゃないよ、ほんとだよ)は気を利かせて鳴いてみた。


 瞬間、ピ〇チュウの首が勢いよく飛んだ。


 あああああごめんなさいごめんなさい全然似てないのに調子に乗ってごめんなさいでもがんばろうとしたんです
 ひいひい怯えながら、でも釈明の声も出せずにヘヘッ、とかフヒッ、とか笑うしかできない。もうだめだおしまいだ。白装束の代わりがピ〇チュウの着ぐるみなんて光栄にも程がある。胴体を国民的人気キャラのままにして死にます。ありがとうございました。


 …………息もできないような沈黙のあと、強烈な視線を感じて、……恐る恐る顔を上げる。

 目が合って、お互いの瞳が写った。

 なんでそんなに目ェかっ開いているの。
 わたしが白黒さんを見つめていると、その人は次第におろおろしだした。
 え、どうした?
 若干涙目……というか、うるっと? してる気もする。あせあせ……として、急に弱気になっておられる。

 それからその人はピ〇チュウもといわたしの周りを、うろうろ右往左往したのち、わたしの前で止まって、というか固まって、おずおずと腕を伸ばして……


「……え?」

 ピ〇チュウのもふもふ着ぐるみ越しに、……きゅ、と抱きしめられた。

 ピ〇チュウの胴体だけ好きな人?
 いやそんなわけはない、でも一体どういうことなんだほんとに、とこちらも狼狽えていると、白黒さんはぼそりと呟く。
なまえさん」

 か細く、震えた声で呼ばれて、なんだか不思議と庇護欲が湧いてしまう。
 さっきまであんなに、一歩間違えれば殺してきそうな雰囲気だったのに。
 よく、わからない。わからないけれど、なんだがそうしたくなってしまって、もふもふの短い手をなんとか伸ばしてその人を抱きしめ返した。





「芥川」
「…………」
「あーくーたーがーわ」
「……いやです」
「あ? おい待て今俺に楯突いたなオイ? いい度胸してんじゃねえか表出ろや」

 それから芥川さんはわたしにべったりだった。
 部屋に戻ってもわたしのすぐ横に座ってべたーとしているし、子どもみたいにぎゅうぎゅう手を握ってくる。
 なんでこんな懐かれてるんだ。



 どうやらこの人……芥川さんも記憶を失う前の知り合いらしい。
 わからないけど、昔のわたし人を手懐けまくっていてすごい。どんなカリスマ性溢れる存在だったんだ。
「おいなまえ気をつけろよ、こいつお前に媚薬飲ませたことあっかんな」
「え」
 そ、そんな人には見えないが。むっつりスケベ?

 芥川さんのほうを見ると、サッと顔を逸らされた。
 どうやら本当っぽい。

「こいつ昔、飲み会のビンゴでジョークグッズの媚薬当てたことあってさ」
「中也さん」
「純粋なもんだから信じてお前に飲ませたんだよ。全然効果なかったけど」
「中也さん」
「すげえコソコソ、ドキドキしながらお前のコップに垂らしてて、めっちゃウケたわ。そんでその後」
「中也さん」
「さっきから俺の言葉遮ってんじゃねえよやるか? お?」