Und der wilde Knabe brach
's Röslein auf der Heiden;
Röslein wehrte sich und stach,
half ihm doch kein Weh und Ach,
musst' es eben leiden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
みょうじが男娼館の扉を叩くと、館長は怒りを含みながら喜んでみょうじを迎えた。
「やっとか! 延滞だよ。もう君の娘はずっと入り浸っている。食事代も加算するからね。覚悟しておいてね。」
「何んの話だ。」
「ハ?」
「何故わたしが、わたしの使っていない金を払うんだ。」
「冗談だろ。」
「いいや。」
館長はみょうじに掴みかかった。みょうじは甘受した。
「オイ好きにさせておけば何んだ。此方は辛抱してお前の娘に好き勝手させているんだよ。親なら責任を取りやがれ。」
「代わりに支払う金は先日で終いだ。過剰分は支払わないと言ったろ。」
「なら俺の商売はどうする!」
「欲に眩んで見誤る商人の商いってのは、上手くいかないものだよ。」
「お前、今まで嫌味みてえに楽々払っていたのに、一体どうしちまった。お前だって金に目が眩んだんじゃあねえか。出すのが嫌になったんだろう。」
「そうだよ。嫌になった。もうたくさん。嫌なもんは仕方ないだろ。大体今までがおかしい。」
「じゃ娘の負債はどうするってんだ。お前が払う他に何がある。売春婦にでもさせねえと一銭も出ないだろ。」
「させたら善いじゃない。」
此れには館長も至極驚いてしまった。
「正気か?」
「仕方ないだろ、本人が払えないなら。」
館長はみょうじから手を離すと、深く考え込み出した。みょうじには出来ないことだった。
「確かにあの容姿なら。お前の娘は容貌が善い。加えて珍しい栗色の髪は目を惹くだろう。しかし。善いのか。」
「人が物を売るのに、親の許可が要るのか。」
「おお。おお! 善いな。決まりだ。では彼奴は商品として貰い受ける。早速浴場に付かそうか。」
「善かったじゃないか、妾が増えて。」
「そうと決まれば桔梗の部屋から引っ張り出そう。オイ何人か連れて来い。構いやしないよ。残る傷さえ付けなきゃ何したって善いんだよ。」
みょうじは意気込んで奥へゆく館長を見送って、カウンター席に座った。館長の妻を呼びつけると、簡単な小料理を幾つか所望した。盛られたら割箸を手に取ってもそもそ食い始める。みょうじが妻の腕を褒めると、妻は笑って喜んだ。
しばらくすると奥から騒がしい塊が近付いて来るのが分かった。みょうじは小鉢のひじきをつついている。妻はみょうじの爪の先を、一瞬だけ、そっと握った。
「善いのよ。」
妻の目には女の希望が満ち満ちていた。みょうじは其れを見ると、急に泣きたくなった気がした。しかし其れは直ぐに消えた。みょうじの頭の何処かには、みょうじのための巨大な虚が在るのだ。
扉が開かれる。
「いやだはなせ。如何して私が。アッ彼奴が居るじゃない。彼奴に払わせなさいよ。」
「そんな義理はもう無いってよ。」
「ふざけるな! そんなことが許されるとでも思っているの。勝手に産んだくせに。勝手に産んだくせに。」
「じゃ君も勝手に死ぬんだね。お前はもう其れを許されて居るよ。人は許されない内が華なのさ。母親の腹を痛めて出てきたんだ。自分が死ぬのに痛くて平等だよ。」
「死ぬなんて、出来ない。」
「そうだよな。生きて身体が有るってのは、善い事だよな。目一杯使っていこうな。」
館長の機嫌がやけに善い。前々からみょうじの長女に目を付けていたらしかった。今後長女は生活のために売春、そして借金の為に館長の妾をするのだろう。
みょうじは水で口の中をゆすいだ。食後の口内というのはとても気になるものだ。
「助けて! 助けて! 母さん!」
途端、みょうじは噎せそうになった。仰天してやっと振り返る。
「イヤ何んだか久しぶりに母さんと呼ばれたな! こんなのに母さんなんて呼ばれちゃ凄く気味が悪くて、アア鳥肌立ってきた、むかついちまう。サッサと何処かへやってくれ。」
「済まないね。ホラお前もお客さんに挨拶しろ。」
「客なもんか、ふざけるな、母親だろう、何んとかしろ。」
「済みませんお客様、挨拶もろくすっぽ出来なくて。何せ新参者でしてね。」
「イヤ善いんだよ。捨てられ者同士仲良くしておこうと思っていたんだが、似た者は他にも居たのでね。では、お達者で。」
みょうじが食べ終わる頃には商品が一つ出荷されていた。
みょうじは立ち上がると、妻に向けて割箸を振った。
「此れ一寸洗ってくれないか。貰って行って善いかい。」
「全く構いませんけど。どうする心算ですか。」
「一寸ね。其れと、桔梗を一晩買わしてくれ。」
「まあ珍しい。丁度、たった今空きましてよ。」
みょうじは小料理代と桔梗の一晩の値段を先払いすると、代わりに割箸をポケットへ仕舞って奥へ向かって行った。廊下は乱れていた。結構抵抗したらしい。みょうじは彼奴を育てた。だがその記憶たちは今まさに無くなった。みょうじは唯の女になった。
唯の女は桔梗の部屋へ行くと一寸声を張って言った。
「オイ開けてくれないか。」
何時かみたいに、ドタバタ音がした。扉に突進してくる桔梗の姿が目に浮かぶ。少々乱雑に開かれた。
「みょうじ様。」
「ええ? 君わたしの名前知っているのか。」
「はい。」
「如何して。」
「館長から窺いました。それと、娘さんから旧姓を訊いて。」
「ン、誰だったかな……。」
みょうじの態度と先程の騒動で桔梗は全てを悟った。桔梗はみょうじの腕に絡みついて控えめに引っ張った。
「どうぞ奥へ。ねえ、ぼくと遊びましょう。」
「善いよ。今日は何にしても善い。何んでもしよう。」
桔梗は目をとろりとさせた。
「キスも?」
「善いだろうね。したいかされたいかも選べるだろうね。」
「ぼく、貴女に献身したい。でも貴女に施されたい気もします。」
「ならどっちもすれば善い。」
「嗚呼ぼくこんなに幸せで善いんでしょうか。」
「善いんだよ。」
みょうじは桔梗の手に引かれるまま寝台へ雪崩れこんだ。簡単に組み敷かれても全く抵抗しなかった。
「わたしを抱くのか。」
「ええ。ええ。ぼく、本当にそうしたかったのです。ぼくの童貞を貰ってください。」
「なら、わたしの処女も貰ってくれ。」
「嗚呼……。」
桔梗は惹かれるままみょうじにキスを落とした。みょうじは桔梗の首に腕を回すと、引き寄せてまた唇を合わせた。
