一線を越えた夜。みょうじは眠る桔梗の頭を撫で付けながら煙草を一本やった。
 みょうじみょうじのしたい限りは桔梗の一目惚れに対応してやった。きっと自分もこうだったのだろうと思ったからだ。だから、みょうじは自分を忘れざるを得ない。何故ならみょうじの生きることというのは、全て自分の慰めのために行われるからである。みょうじの全ては、模倣なのだ。
 指元まで吸った煙草を吸殻入れに押し付けて、みょうじは寝台から離れようとした。
「……みょうじ様…………。」
「オヤ済まない。起こしてしまったね。」
「何処へ行かれるのですか。」
「終わったから、帰るよ。」
「でも。眠って行かれたら如何ですか。」
「夢はもう終わりだ。」
 瞬間、桔梗の目がぼっかりと開いた。
「どういう意味ですか。」
「野ばらの歌はね、三番迄しか無いんだよ。」
「それが如何したと言うのです。」
「だから、終わりだよ。もう此処へは来ない。」
「嫌だ。嫌です置いて行かないで。ぼくを連れて行って。」
「其れはね、出来ないんだよ。」
「如何して。」
 みょうじは桔梗を見下ろしている。とても昏く、寂しさは無いが、しかし見ていると寂しくなるような瞳であった。
「お前は、わたしの初恋の人によく似ている。」
 桔梗はみょうじの身体を寝台へ引きずり込むと、何処へも行けないようにみょうじを押し付けた。
「コラ、退きなさい。」
「嫌です。」
 そのまま事に及ぼうとする。
「止めなさい。ね。フェージャはいいこだから。止めなさい。」
「ぼく。ぼくを。……ぼくは、ぼくは貴女の言う事なら何んでも聞きます。だから捨てないで。」
「じゃあ、退きなさい。いいこだから聞けるだろう。」
「嫌……。」
 桔梗は無理矢理みょうじと唇を合わせ、その舌を絡め取ろうとする。みょうじの中途半端な抵抗は桔梗の劣情をさらに高めた。彼は激しく勃起した。
「ン。こら、フェージャ。いい加減にしないと、わたし今に怒ってしまうよ。本当だからね。」
「怒ってくれて善いです。どうかぼくを叱って。ずっとぼくに触れていて。」
「ア。あア……だめだ……。」
「ね。先刻さっきみたいに、女の声を出して。日常演技を止めて、そのままの貴女をぼくに見せて。」
 裸のままのみょうじのほとへ擦り付けると、狙いを定めて、しかし性急に挿入を始めてしまった。みょうじの息が乱れる。桔梗の呼吸に瞳が揺れる。
「ア。だめ、やめて……。」
「可愛らしい。どちらの貴女も素敵です。ですが、貴女そのものはより素敵だ。隠さないで。身体の奥までも、ぼくにちゃんと見せて。」
「いや、いや……フェージェニカ……。」
「ねえ……。貴女の名前を教えて。知りたい、ぼく、呼びたい……。」
「ア……。」
 みょうじは最後まで口を割らなかった。桔梗の拷問地味た快楽追及は続いた。桔梗は何時までもみょうじを離そうとしなかった。
 またみょうじはクタクタになってしまった。桔梗は今度は布団の中でみょうじをしっかと抱きしめて離さない。けして逃がさないように、みょうじの首元に顔を埋めて、そこから光る二つの眼で、みょうじを永遠に見詰めていた。まさしく蛇の巣穴のようであった。




 館長の機嫌がひどく善かったから、大した事にはならなかったが、桔梗がみょうじを監禁し始めたことは確かだった。外に出られぬ自分同様、みょうじを部屋から出さないのだ。飯も食わない、食わせないようだった。其のまま心中でもする心算か。
 この問題には識阿が当った。館長はみょうじへの電話を識阿によく受けて貰っていたから、お互い声だけは知っていた。
「桔梗の部屋は三階一番奥。黒いドアーが目印だよ。」
「どうも。」
「分からないが、桔梗は刃物を持っているかも知れない。気を付けた方が善いよ。」
「はい。」
 識阿は無愛想に返事すると、サッサと主人の元へ向かった。彼はみょうじの事となると、みょうじへも無愛想になるのだ。此れは彼の癖というか、健気な心掛けであった。
みょうじ様。入りますよ。」
 ノックしてから入ると、中で主人が好き勝手に陵辱されていた。
「アア。アア……。」
「こんにちは。みょうじ様の召使いの方ですか。初めまして。ぼくは貴方が羨ましいです。」
 識阿の指先はピクリと揺れたが、しかし其れだけであった。真っ直ぐみょうじの元へ向かうと、桔梗を強引に引き剥がした。その拍子に手首をかき切られたが、瞬時に桔梗の頭を殴り付けて動けなくさせた。彼は彼の出血は全く意に介さずみょうじをシーツごと抱き締めると、みょうじに血を注ぎながら足早に桔梗の部屋を出て行った。
「何んて事だ。おい大丈夫か、血がそんなに出ているぞ! 桔梗がやったのか。ええ。桔梗なのか。」
 外に停めてあった車にみょうじを乗せると、識阿は直ぐに車を出した。片手でハンドルを握り、兎角みょうじの家を目指した。血が湧き出ている。




 家へ着くと、識阿は先ず己の手首をシーツできつく縛った。裸になっているみょうじを風呂へ運ぶと、丁寧にタイルの上へ寝かせ、湯の用意をした。膣の中身を掻き出し始める。
「……ン、ア。識阿……?」
「辛抱してください。」
「だめ。だめ。気持ち善い。止めて……。」
「直ぐ終わりますから。」
「識阿、識阿……。」
 指を入れ、何度も掻き出す。如何しようもない快楽にみょうじは悶えた。やがてみょうじの足がぴんと張って跳ねると、識阿は優しく指を引き抜いた。
「身体、流しますよ。」
「……。」
 みょうじはされるがままに身体を清められていった。最早みょうじには模倣の面影など微塵も残されて居らなかった。唯其処に女の身体が在る。男の識阿の目の前に、みょうじの女の肉の身体が置かれている。
 識阿はみょうじの身体を拭くのもやってやった。服も着せてやった。
「次は食事を摂りましょう。」
「識阿、手が。病院に行かなくちゃ。」
「善いですから。」
「……だめ。わたし、識阿が病院に行かなくちゃ、何も食べないから。」
「私の勃起が収まるまで未だ時間が掛かります。そのうちに食べてしまいましょう。そうしたら、行きますから。」
 みょうじは識阿がその勢いのまま自分を襲ってくれたらどんなに善いだろうと思った。しかし彼の名誉と基盤との為に何も言わなかった。されるがまま、彼の寵愛を受けた。