∴ ちゃいろねこ


「やあしろねこ、お邪魔するよ。.......おや、邪魔したかな」
「ううん。おさむちゃんもくる?」
「.......甘えちゃおうかな。きみのおなかは居心地がいい」

 フワフワのしろねこが、横向きに寝転んだわたしの胸のなかでまるまっている。しろねこを起こさないように片手を持ち上げて隙間を作ると、ちゃいろねこはしずかに近寄って、するりと腕の間に入り込んできた。

 ねこの街での生活には随分慣れた。たのしいもきびしいことも、わくわくと一緒に幾つも覚えた。ご近所さんのおさむちゃんとも仲良くなって、買い物の方法も学んだ。
 たつひこのおうちはほら穴で、一応、わたしが立って入ることもできる。
 でもわたしはすっかり四足歩行が染みついて、おしりもツンと上を向くようになった。服も着なくなって、首の鈴も切って、ねこの街の一員としてみんなが知ってくれるようになった。まだみんなみたいに跳ぶことはできないけど、きっといつかできるはず。
「ううん.......君は毛がないのに、ふにふにで本当に気持ちがいいね」
「ほんとう? いっぱいねむってね」
「.......えへへ。うれしいな。ほんとうに、.......」
 たつひこには、家族がいないらしい。だからたつひこはしょっちゅうわたしのところへ来てくれたんだって。
 おさむちゃんもいっしょで、今まではひとりぼっちだったみたい。でも、いまはわたしが気になるから、できるだけたつひこのおうちに来たいって言ってくれた。
 わたしも家族がわからないから、この2匹のことが気になってしかたない。今まで、どういうふうに生きてきたんだろう。これからはどう生きていくんだろう?


 おひるねが終わって、みんなでごはんをたべた。もう栄養が出るから、あまえんぼのふたりがわたしのおっぱいをちゅうちゅう吸った。おしゃべりをして遊んで、夕方になれば、おさむちゃんはまた来たいまた遊んでねと言って、鼻をくっつけて帰っていった。
「また明日も来てくれるのかな」
「来るだろうね。でも、きみ、もうおなかがおおきいんだから、無理をしてはいけないよ」
 わたしのおひざのたつひこが、しろいしっぽでわたしのおなかをくるんと撫でる。
 たつひこもこねこなのに、わたしのあかちゃんの心配をしてくれる。それがなんだか、うれしいのに、かなしくもなった。
「きみは、きみの子どものことを考えなさい。母親とは、そういうものだろう」
「たつひこ」
「なんだい」
 名前を呼ばれて、うれしそうに耳をぴくぴくさせるこの子がいとおしい。
「たつひこも、わたしのことママって呼んでいいよ」
 言うと、たつひこはめずらしくビックリしたような顔をした。
「私が、君を?」
「ウン。たつひこはこねこだから、ママがひつようでしょ?」
「私は.......私は、ひとりで生きてこれているから。不要なものだよ」
「今までいなかったなら、なおさらだよ。わたしがたつひこのママになってあげる」
 だから、もっとあまえていいんだよ。
 たつひこは迷うようなしぐさをして、けれど、だんだんととろんと微睡んだ瞳にかわっていった。
「いいのかい」
「いいよ。たつひこ、おいで」
「..............。まま。.......」
 こうしてわたしは二児の母になって、抱きしめてねむったり、体調が良い時は一緒に街を歩いた。お買い物をして、おりょうりをして、おそうじ、もちろんおひるねも。


 随分おなかが大きくなった今、たつひことおさむちゃんはすっかりあかちゃんに戻っている。今までの反動なのか、取り戻し、みたいなものなのかはわからないけれど。
 たまに、言葉を忘れたようにみゃうみゃうとしか言わなくなってしまう。そうしてわたしにすりよって、毛づくろいをねだる。わたしのおひざを独占しようとしてケンカして、ぎゅっとして止めてあげたら、さいごは仲良くわたしの乳房を分け合う。
 そのぶんだけ、わたしは前よりもすこししっかりした気がする。おべんきょうとかのことは、なんにもわからないけど、ふたりのことをよく見るようになった。してほしいこととか、今の気分とかがわかるようになって、本人が望む通りにかわいがってあげられるようになったのだ。わたしとはちがう愛され方だ。……
「まま、まま」
「なあにたつひこ」
「ンー……」
 両手をせいいっぱい伸ばしててちてち寄ってくるこの子が、わたしを自由にしてくれた。
 お礼に、たくさん愛してあげたい。
「だっこ?」
「ン……」
「おいで」
 胸に抱いて、にゃうにゃうぐずってじたばたするたつひこを撫でる。わたしと摩擦したくて、わたしとたくさん触れ合いたくて一生懸命四肢を動かす。かわいいかわいいわたしの児。
「じたばたしたら落ちちゃうよ」
「ぅ、う……みゃ、……まま、」
「おっぱい? おまんこ?」
「みゅう……」
「いいよ。ちょっとまっててね」





 わたしのあかちゃんが生まれると、たつひこはすこしさみしそうにすることが多くなった。
 赤ちゃんにおっぱいをあげていると、そのようすをじいっと見守る。見張っていてあげる、って言うけれど、たぶん願望の表れなのだと思う。
 出産の頃、たつひこやおさむちゃんはこねこからおとなねこになったらしい。人間とはちがう歳の基準があるんだって。だから、もう甘えちゃいけないらしい。
 わたし、そんなこと気にしないのに。いつだって甘えていいのに。おさむちゃんだって、おっぱいはガマンするようになったけど、まだまだ甘えたさんだ。
 さみしいから、さいきんはたくさんちゅうをする。するとたつひこは、だめだよ、だめ、って言いながらもわたしに流されちゃって、それがかわいい。

 わたしのあかちゃんは、ご主人様によく似ている。むらさき色のひとみがじっとわたしを見つめるとき、ほんの少しだけこわくなる。でも、やっぱりかわいい。慣れた頃にはご主人様のことなんかすっかり忘れて、すっかりめろめろになっていた。
 たつひこは赤ちゃんのめんどうをよく見てくれて、ねこじゃらしでモビールを作ってくれたり、木の実で音の出るおもちゃを作って鳴らしてくれたりしてくれる。ほんとはイヤなはずなのに、赤ちゃんにしっぽを握られることもゆるしてくれる。
 ガマンさせてばかりで、ときどき不安になる。ガマンしすぎて、いつかわたしのことがイヤになっちゃうんじゃないか。
 わたしを育ててくれたのはたつひこだ。あのお部屋に、……閉じ込められていたときは、わたしはまだ生まれてすらいなかった。わたしの親で、わたしの児。今更はなればなれになんかなれない。
 それでもたつひこはガマンして赤ちゃんをあやして、それが終わると、最近は夕方にはひとりでおそとに出ていってしまう。大丈夫、すぐ帰ってくるよ。そう言って、夜が明けるころに帰ってくる。
 どうしてだろう。何をしているのか知りたい。
 でも嫌われるのがこわくて聞けない。だから話し合うことにする。このままじゃいけないから。

「たつひこ」
 赤ちゃんが眠りについたころ、ちいさな声でたつひこに話しかける。
 するとたつひこは、名前を呼ばれて一瞬嬉しそうにして、それからはっとして、ただのやさしい顔に変えた。
「なんだい」
「あのね、たつひこ、あのね……」
 わたしが言い淀んでいると、たつひこはじっと待ってくれていた。だからわたしは焦らずには済んだけど、やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱい。
 するとたつひこはある時、とてもかなしそうな顔をして瞳を曇らせた。申し訳なさそうに口を開く。
「やっぱり、ダメだったかい」
 しろい、きれいな毛がしゅんと細まる。わたしはびっくりしてたつひこに寄る。
「だめって? なにがだめだったの?」
「わたしの幼稚さに、愛想が尽きてしまったのだろう。努力はしたけど、その様子だとダメみたいだ」
「え?」
「……私はね、きみの伴侶になりたかったんだ」



 ……たつひこのおはなしを聞いた。たつひこはこどもねこからおとなねこになったから、もう結婚できるんだって。それで、わたしと結婚したくて、カッコよくてちゃんとしてるところを見せたかった、って。
「すこしだけだけど、毎日赤ちゃんのお世話をして、それから仕事も始めたんだ。けれど……その、……きみに甘えていた昔が、ほんとうに心地よくて。今でもきみは私をこねこ扱いするし、……私は、それを喜んでしまうし……」
 すごく恥ずかしそうに、情けなさそうにするのに、それでもちゃんと言葉にして伝えてくれる。
 たつひこは自分のことを幼稚だと言う。
 けど、たつひこはわたしにできないことをちゃんとしてくれる。
「たつひこ」
 それのどこが恥ずかしいのか、情けないのか、わからなかったから、わたしはたつひこをぎゅっと抱きしめる。
 たつひこはびっくりして、それからしおらしくて甘えた声を出す。
「……まま?」
「あのね、」
 わたしにとってね、たつひこって、かわいくて、わたしの子どもだと思ってるけど、わたしの親でもあるの。
「だって、たつひこはわたしに色んなこと教えてくれたよ。わたしがたつひこのママになったのは、たつひこが幼稚だからじゃなくて、今までのお礼なの」
「……きみは、そういうふうに考えて私をかわいがってくれたのかい」
「そうだよ」
 たつひこの目を見る。あかいきらきらの瞳がちょっとだけ潤んでいて、わたしはそれを舐めちゃいたかった。
「だからね、たつひこ。……たつひこはわたしの親で、かわいい子どもだけど、わたしのおムコさんにもなって」
 好きだから、色んなたつひこがほしくなる。わたしにとってのいろんなたつひこ。たくさんのわたしとたつひこ。
 わたしはワガママだから、ぜんぶのたつひこがほしくなる。
 たつひこも、きっといっしょ。
 わたしのかわいいしろねこは、目元を幸福によって緩めて勃起した。ピンと張ったピンク色の生殖器を付けた腰は時折跳ねて、明確にわたしを狙っている。
 床にころんと寝そべると、たつひこはすりすりとなるべくわたしに少しでも多く触れようとしながら覆いかぶさった。
 たつひこの瞳は、今にも溶けそうだ。
「……私の、お嫁さんになってくれるかい」
 うんとお返事をして、キスをした。足をぱかりと開いて、たつひこが擦り付けやすいようにする。
 ねこのおちんちんは、ご主人様のものよりすごくちいさい。トゲトゲがあってちょっと痛いけど、こわくない。わたしが常に気持ちよくしてあげる側なのがすごくうれしい。だって、なんでもしてあげたい。



「ぁ、あ……たつひこ、かわいい、たつひこ」
「うぅっ、ぁ、……ン、……」
 しろいろのいきものが腰を振って、わたしの性器に暴れた。穴をなぞって、ふわふわの丸ふたつが当たって、わたしのクリトリスを刺激した。
 それが終わればたつひこはわたしを労わって、射精を受けたわたしの穴をずうっと舐めてくれた。
 それも気持ちよくて、つい体をよじってしまう。
「ン、……こら、逃げちゃだめだよ」
「だって、きもちいいから、」
「ほんとうかい? それは……うれしいな。なら、もっとしてあげよう」
「ぁん、…………」
 かわいいたつひこにかわいがられて、すごく気持ちよくなった。何度も何度も絶頂してしまって、それに触発されたたつひこがまたおちんちんを勃たせて、繰り返して……。
 そんな時間を繰り返した。そのうち体力が尽きて、ふたりで眠った。ねむるまえのキスがこんなにしあわせなんだってこと、はじめて知った。
 だって、ご主人様とのときは……。
 あつくて、痛くて、くるしい。離してくれなくて、骨が軋んで、ドロドロに腐りそうになる。
 きっとわたしの昔は、しあわせと呼べるものじゃなかった。今になって明確にわかる。だからこそ、今を大事にしたい。
 ふわふわを感じて、ねむる。きっと明日のたつひこは、おしごとを遅刻しちゃうんだろうな。