脳ジャム瓶はイチゴ味


 昨日、裸のなまえがおずおずと座ってかわいかったテーブルで今日の僕は遅めの朝ごはんを食べている。耳を切った食パン(なまえはパンの耳ラスクが好き)にマーガリン(バターは高いから買うとなまえが怒る)を塗ってコーヒー(あまりコーヒーの種類に明るくないなまえが買ってきてくれた激マズのやつ)とともにいただく。するとまあ色々現金な僕の体は栄養を与えられたことでやっと目が覚めてきた。
 さてここでクイズ。
 昨日激しくして、なまえがイヤと言っても止められなかった本日テーブルには「出てくから」のメモ。

 どうすればいいんだ〜?
 とりあえずいつもより不自然に咀嚼を多めにとりながら思考を巡らす。出ていく先はどこ。いや、その前に、どうしたら許してもらえるの。てか冷静を保つためにのんびり朝ごはんなんて食べてるけどこれでいいの僕は。
 皿を片付けてテーブルを拭いたら、昨日のことを思い出して1回自分でして、それで…………賢者タイムでやっと正気に戻って、探しに行かなきゃと思った。
 いやそれよりも、連絡? でも電話に出てくれるかもわからない。メッセージも無視されちゃいそうだし。
 え? このまま別れたりするの?
 じゃどうするの僕って。愛してくれたって感じた度に身体じゅう入れまくったなまえの名前とかって?
 別れるのがムリな僕はひとまずバイト先に彼女と別れそうなのでおやすみしますと連絡を入れた。やっと僕みたいなのでも雇ってくれるところを見つけたってかんじのところなので、入れ墨だらけのヤツが入れた電話にも快くOKをしてくれた。
 とにかく散歩の走っているバージョンでなまえが行きそうなところを回りまくる。行きそうな道にカフェに本屋に……とか。
 なまえを求めて探してると、僕となまえの今までのことが走馬灯の如く蘇ってくる。
 バイト先とはつまり、花屋だ。なまえは僕が幼い頃てきとうに(こう言えば大人は喜ぶだろの意)言った「おおきくなったら、おはなやさんになりたいです」の11文字を律儀に信じ続けてくれていた。去年の誕生日プレゼントは花屋っぽいエプロンで、今年は花と会話できるようになるとかいう訳の分からない催眠術セットだった。騙されるにしてももうちょっとマシなものに騙されて。そういうところが好きだけどお陰でなまえのことが好きな僕の将来の職業はしょうもない理由で確定されていた。
 というわけで今更別れを切り出されても困るしそれなら僕のちんこも切ってもらわないと困る。うまいこと言ったつもりはないけどとにかく別れるとか無理だし別れるにしてもそうしたら今後なまえで抜くのもレイプなわけだから責任とってなまえが去勢してくれないと困る。なまえが僕を犯罪者にさせる。このままでは僕はなまえを犯罪者の生みの親にさせてしまう。生みの親? ちょっとちがう? でも言わば確定に産んでほしい僕を。
 なんて超高速思考回路を構築し尽くしたあたりで、ふつうに情けなくて涙が出てきた。
 あとふつうに疲れたから一旦カフェに入った。
「このサンドイッチと〜、本日のケーキって何ですか?」
「バスクチーズケーキになります」
「じゃあそれも。以上で」
「ドリンクはお決まりですか?」
「(お決まりですか!? ワンドリンク制だっけここ)えっえっと〜……こ、ココアで」
「かしこまりました」



 あとで調べたら別にワンドリンク制じゃなくて舌打ちした。
 血糖値が上がって、だいぶ落ち着いた。なまえに電話をかける。
 めちゃくちゃ普通に出てくれた。
『何?』
 あっハテナの語気が強い。まだ怒ってるっぽい。
「えっと、今どこにいる? とか訊いていい?」
『なんで』
「……。えっと」
『とりあえず追ったほうがいいと思ってとか? 別に義務感とかならもういいんじゃない?』
 そろそろなまえは僕がとんでもなく口ベタな男だということをわかってほしい。僕が黙るのは理由が思いつかないからじゃなくて、理由はあるけどなんて言ったらいいかわかんないからなんだってば。
 それがなまえに嫌われたくないからって葛藤からくるものだってこともわかってほしい。僕の将来の夢なんか一生勘違いしたままでいいしなまえのそれを真実にしてあげたってなんにも構わないんだから。
 って口に出せばいいのに出てこないんだってば。
「ちがくて……」
『何が?』
「えっと」
『それ以上ウジウジしないで。イラつく』
 あーもう泣いてます、僕。今すぐなまえにむしろ迎えに来てもらって抱きしめて慰めてほしいくらいには涙目になってる。
「あ、いたいから」
 で、涙声。情けないからもし復縁できたら今後タチネコ逆でいい。
 …………なまえはそれからしばらく黙って、はあとため息をついた。
『丘』
「オカ?」
『丘いる。で今から帰る。川沿い歩いて帰るから、てきとうに迎えにきて』



 やっぱり僕の情けないところはこういうところで、やっぱりなまえの可愛いところはそういうところだ。丘って昔よくなまえが僕を連れて行ってくれた花畑があるところ。お花屋さんになるならお花の種類を覚えようって、なまえが花図鑑を片手によく僕を誘ってくれた。
 その頃はなまえが僕を好きで、でもその花図鑑はわざわざなまえが自分のお小遣いで買ったものだってわかってからは僕がなまえを好きになった。告白はなまえからだったけど、ほんとは僕がなまえを好きだった。
 僕は意気地無しで、しかも考えが及ばない。せっかくなまえが待っていてくれた丘だって、思いつかなかった、僕は。でもなまえは思いついて、そこなら僕もって待っていたんだろう。
 可愛いところを分かり尽くしてなくてごめん。なまえの可愛いところ、だめなところだって、もっと知っていきたいよ。
 言えるかわからないほどの愛の言葉を無駄に思いついて、考えただけで情けなく汗をかいた。ああもう、なまえなまえなまえ。今日何度なまえを想ったかわからない。ごめんセックスばっかで。僕にできるのはセックスだけなんだ。しかも無言。あと入れ墨。なんで、なんでこんなに情けないんだろう。

 丘に向かって川沿いを走れば、言葉の通りになまえが見えてきた。
 見つけた瞬間、立ち止まってしまって、ああもうだめ泣いた。前に進めなくなって、まだまだ小さくしか見えないなまえが目の前になるまでついに1歩も動けなかった。
 通りすがりのおばあちゃんに「大丈夫かい?」て声かけられた。
「あ、すみません大丈夫です、私と喧嘩しただけなので」
「まあ、夫婦喧嘩かしら。仲良くね」
 おばあちゃん夫婦はまだぜんぜん早いよ。てか今から振られる自信すらある。いやだいやだいやだ
 おばあちゃんとのやりとりでさえなまえになんとかしてもらった僕の前に、可愛い可愛い僕の僕のでなくなりそうななまえがいる。
 きっと今の時点ですら奇跡に近い状況なのでこれから仲直りできる奇跡は起こんなそう。
「あのさ、」
「わかっ、」
 無理ぜったい無理声を振り絞れ。いつもはペラペラいけるんだから喋るんだよ喋れ!
「わかれたく、ないです、」
 限界だ!!!
 無理これが限界。愛の言葉どこいった? 無理。別れるのも無理だけどこれ以上も無理。
 ……なまえはめちゃくちゃ呆れた目で僕を見つめた。視線が痛いけど見ててくれてありがとうの気持ちもある。
 またため息ついたなまえが、僕の手を握った。かえるよーと言う。
「え?」
「疲れたし帰る。夕飯はコーリャがつくってね」
 それはほぼいつものことだけど、これって?
 ハテナだらけの僕を連れて、なまえは僕んちの方へ歩いていく。昔っから手を引いてくれるのはなまえばかりだ。
「いっぱいつくって、いっぱい。おなかペコペコなの」
 ゆるされたってこと? それなら、どうしてゆるしてくれたんだろう。教えてほしい。次にも活かしたい。
「夕日見てたら、どうでもよくなっちゃった」
 次から喧嘩する時は夕方にしない? カーテン開けとくからさ。
 またなまえの可愛いところを見つけた僕は、やっとゆるされた実感を覚えて隣を歩いた。
「あ……の、ごめんね。昨日」
「べつにいい。そこまで怒ることじゃなかった。痛くはなかったし」
 それに、と言葉を付け足す。
「まあ……コーリャとするのは、きらいじゃないから。痛くないし……まあじょうずだし」
 僕は目がハートになった。確実に。
「え、え、それって」
 今日もしていいってこと!? って言葉をなんとか飲み込んだ。偉すぎる。
 その代わり言いたくなったあれそれをラブラブ語る。やっぱこういう時なら口が回る! 僕は嬉しくなった。
「痛くするわけないよ! 実はあのテーブルさあ僕らがセックスしやすい高さを基準に買ったんだよね。だから痛くなんかならないの。他にもそういう基準で買ったやつあるから帰ったら試そう♪」
「やっぱサイテーおまえ絶対別れる」