わたしの青い花は死んだ
リクエスト①:「死の家の鼠」にスパイとして潜入していた夢主が脱出中に侍従長に捕まり罰としてフョードルさんと侍従長のダブルフェラをする話
わたしのために軽食を用意してくれるその背中に真実を告げる。
するすると食材を切っていくその手がこちらに向けられることもなく、淡々とした音が響きつづけるだけのキッチンで、わたしはイワンの背中にすこしだけ、縋ってみた。
「……きこえた?」
「ええ」
少し横にずれますよ。
そう言って断ってから、まな板の上の食材をぐつぐつの鍋のなかに飛び込ませる。
なんて残酷だろう。わたしの好きな、トマトスープのいい匂いがする。
彼の指先がなめらかに火力を調節して、鍋にゆっくり蓋をした。ほら、と促される。
「またあとで、ひとつだけ聞きましょう。それよりも、まずは空腹を満たしたほうが良い。お疲れでしょうから……」
わたしはちょっと目を見開いて、立ち尽くす。
けれどそんなことも彼にかかれば一瞬のことでしかなくて、そっと腰を抱かれてしまえばそれまでだった。
キッチンから、リビングのテーブルへ連れられる。子どもをあやすように。
わたしは、なにもできない。……
「さあ、座って。しばらくは煮込みますから」
食材がスープに溶けるまでの間、その静寂で何かを何度も反芻した。それで何かが揺らぐことは最早なかったけれど、これが最後の晩餐になるならそれでいいと、そう思える幸福で、すこしだけ泣いた。
彼は驚くほど冷静で、わたしのためのスプーンも、わたしが途中から足すのが好きなパルメザンチーズすらも忘れず食卓に揃えた。すこしわたしが泣く素振りを見せれば、それをハンカチで拭うほどだった。
わたしとおそろいの、青い花の刺繍のハンカチ。
時折、鍋の中身をかき回しに行って、それが済めばわたしの横に戻ってきた。煮込む音だけが響く部屋は暖かかった。
努めて、わたしをひとりにしないようにしているようにすら思う。
わたしは彼にとって、そのような待遇を受けて良い人間ではないはずなのに。
彼が誰よりもこの組織の長を崇拝しているのは事実で、だからこそわたしは彼に告げたのだ。
それなのに、どうしてか。彼はいつもと同じように、わたしを丁寧に扱う。先ごろ、気まぐれに花をくれた日のような柔らかい表情。長い髪の毛先をすこしだけ気にして、まばたきとともに指で梳く。
わたしはスープが出来上がるのを心待ちにして良いのか、悪くあるべきなのか、そんなことを迷った。
いつしか運ばれたスープはほこほこと湯気を伴っていた。
それが何故だか目に染みる。既に濡れている頬はしおらしく緩んで、泣くのを止めることをしなかった。
涙の止め方なんて知っているはずなのに。
わたしの、彼への甘えが表れている。
「さあ、召し上がれ」
わたしが腹を満たすあいだ、彼は新聞を、ある程度はどうでも良さそうに広げていた。
ぼんやりと眺めている。開いたページには、明日の天気のことが書いてあって、洗濯物のある彼はそこに指を沿わせて、……結果に満足したのか、ふふ、とだけ笑った。
いつ殺されても文句のないなかで、それでもわたしがスープのあたたかさを感じたのは、彼のそういう仕草があったからだと思う。
何もかもか普段通りだ。彼は晴れの日が好き。わたしたちの手は血で塗れているはずなのに、蓋を開けば至極人間的だ。なにもないように思う。
恐ろしくも機嫌を損ねただけみたいな涙目のわたしに、彼は指をさしだす。どうあっても逃げなかったけれど、そのうごきは本当にやさしくて、ついわたしは、すこしの怯えもなく受け入れてしまう。
横髪を耳にかけられた。
そのついでに、軽いキス。
彼はわたしが、彼の作った料理を咀嚼しているときに軽くキスをするのが好きだ。どうしてか聞いたことはない。
変わらない仕草に、安心して何もわからなくなる。
飲み込まれたすべてのスープの味はわたしを幸福にした。
彼がやさしいのは、じゅうぶんわかった。とっくにわかっていた。きっとこの時に逃げ出したら、彼は迷わずその背中に粛々と鉛玉を撃ちこむだろうが、そういった可能性のひそむ今でも、彼はわたしをいつも通りに扱ってくれた。
「明日、主様に」
それだけでじゅうぶんだと感じられる。
明日、今からでも、何があっても構わない。
「私から、伝えましょうか。それとも、直接伝えたい?」
彼の主の話になれば、他にこれと言った仕草はなく、まっすぐに語られた。
それは彼の信仰心によるものではあるが、それがわたしへの誠意にも繋がっている。
「……直接」
「ウン。それがいいと思いますよ」
そのほうが、きっと主様も満足されます。
だんだんと温かさをてばなすスープ皿を、彼のほそい指がすくっていった。……お皿を丁寧に流しに運んだ彼を追って、傍に寄る。
笑ってた。
「アラ。さみしがりやさん」
「……ちがうよ、あらうのはやろうと思ったの」
そのまま彼を体で押して流しに立った。暇になった彼の腕がわたしの腰を抱く。
お皿を洗うのなんていつぶりだろうか。すくなくとも、彼の手料理を食べた日であることは確かだ。
「さみしがりやさんは、今日、ひとりで眠れそうですか」
「うん」
「そうですか」
「……できない方がいいなら、しないけど」
「ふふ。たまには、手抜きも大切ですからね。……」
水のつめたさで夢が終わって、泡がまるく流されていく。
洗い物が終わって、いつか使いものにならなくなる身を整えた。歯を磨いて、髪をとかして。これらがマスキングテープやはさみと何も変わらないことに気づいた夜だ。
どこかの鍵盤が壊れてまともに弾けやしないのに、捨てるのはなんだか勿体ないと無理やり寝室に押し込んだオルガンの生きた音をひとつふたつ鳴らして彼は、ゆるく欠伸をした。
潤んだ目で、もうおやすみなさい。そう言って手招きする。言われるまま彼と布団にくるまって、あたたかくなったら、わたしは遅めの眠りについた。
わたしが訪ねた時、主さまは眠そうにして、前髪をご自身で切ろうとしていらっしゃった。
どうぞ、と聞こえて入室したけど、主さまの身支度は整っていなくて、ズボンはパジャマのまま、シャツもボタンを留めずに羽織っているだけ。
わたしが目のやり場に困っていると、主さまはふわ、とあくびをする。
切りかけではさみを置くと、眠たげな瞼のままゆるゆると立ち上がってわたしを迎える。
「そこに……。紅茶は……あー……ペットボトル……コーヒー、いや……ウウ……」
「あ……わたし、やります」
「……うん……おねがいします。あと、前髪も、おねがいします」
無防備な姿に信頼を覚えて、胸が傷んだ。
言われたとおり飲みものを用意すると、主さまはそのままわたしの手を引いてソファの隣に座らせた。わたしの首元にもたれかかって、眠そうな呼吸をする。
わたし、なんだか。
わたしは、許されないのに。
「……改めたほうが、よいですか?」
「いいえ。ねむいだけで、もう寝ませんから。それより……」
わたしの指を握って、わたしを母のようにして甘える。彼らの信頼がすぎて、彼らのために今すぐ逃げ出してしまいたいと思うほどに。
「扉の前に、侍従長が居ますね」
……爪を、撫でられる。
わたしの爪は、手入れもしていなくて、綺麗なものでは、ない。
「一緒に来たのに貴女ひとりで入室とは、余程折り入った話があると見えますが……どうなんでしょう。あまり良い予感はしませんが」
そう言われて、思った。
たぶん、主さまは何か勘づいてる。……それがこの状況を見てのことか、それともずいぶん前から疑っていたのか。そんなことは知る由もない。
主さまがゆっくり頭をもたげて、たぶん、わたしを見つめた。わたしは主さまのほうを見ることができなくて、最早怯えではなかったけど、悲しくて俯いたままだった。
ほんとうに良いひとだったから、この人たちは。
この世が彼等に強く当たることは知っていて、その分だけこの人たちがつめたい力を以て返すことも分かってはいた。
それでも、彼等の言葉には血が巡っている。それが正義でなくて良い。悪のつく芸術でも美学でもただの狂気だって、わたしは、それを止めるひとつにはなりたくない。
……わたしはすこし気持ちを落ち着けて、昨日イワンに告げたように真実のものごとを打ち明けた。
たったのひと言、それでわたしたちの、いや、違う、わたしの縁というのは切れてしまったのだ。
覚悟が頭に重くて、微睡みと勘違いしそう。なんだか甘いものが食べたかった。
「わたしには、償うすべがないけど、……でも、ごめんなさい。命を差し出せます、どうか」
主さまは寛大だった。
何故って、わたしの告白だけでなく、懺悔の言葉でさえ静かに聴いてくださったから。
終わりが今すぐでも構わなかったけど、主さまが耳を傾けてくださるものだから。
これも甘えかもしれない。
終わりには程遠い朝日のなかで、主さまの呼吸がすべてを引きとってくださる。
それが嬉しくて、わたしは。
「……お話はよくわかりました」
変わらず柔らかな声で、主さまはわたしに語りかけた。
先ほど置いたはさみを、手にとりながら。
わたしは逃げない。それが罰なら、受け入れることができる。それで済むのなら良いが、でもそれで収まるだろうか。
一思いにという気持ちと、もっと残酷をされて構わないと思う気持ちがせめぎあった。
けれど。
「まず、お願いしてもいいですか」
刃先はわたしに向かわなかった。
「……え」
主さまの手のひらに握られている。かわりに、持ち手のほうを、やさしく促される。
「前髪、結構邪魔でして……。大事なお話をしているのに、ちょっとこれでは。なまえにも失礼ですし」
ほら、と言ってわたしの手をとり、持ち手を握らせる。それが終われば、ごく自然にすっと目を閉じた。
まったく無防備な姿を、裏切り者のわたしに見せる。
…………鉄の重さが手のひらを熱くする。主さまはもう、分かったと仰った。だから、分かっているはずだ、わたしが。
それなのに、わたしに密室で刃物を握らせる。あろうことか両目も瞑って。
「……? さあ、どうしました。お願いします」
どうして。
どうしてそこまでわたしを信用するのだろう。
あるじさまを、……昨日のイワンだって、見ていればわかる。秘密を打ち明けても、わたしを侮るわけでもなく、ただ純粋に信じる仕草をする。
つらい。それが、とてもつらいのだ。
どうにでもできる刃物がぐらついて、わたしの手からすべり落ちた。カーペットの上に落ちて、なさけない音を立てる。
それで主さまが目を見開く。落ちたはさみを見て、ぱちぱち、何度か瞬きをして、すこし間をあけて。
「あー……、拾いましょうか」
心底、何を躊躇しているのかわからない、という仕草だった。けれど、いつの間にか泣いていたわたしを見ると、またぽかんとして、どうしたんですか、とうわごとのように呟いた。
「わた、わたしには、できません」
また、ふしぎみたいにお訊きになる。
「それは、どうして」
「わ、わたしには……その資格が、ない」
……解せない、みたいな沈黙が続いて、主さまのまばたきだけの部屋になる。
そのうち、主さまが大きく息を吸って、吐いた。ため息みたいに聞こえたけど、それでも呆れのようなものは感じられなかった。
「ねえ、なまえ」
わたし、貴方に名前を呼んでもらえる資格なんて、ないのに。
それでも主さまはやさしく呼んで、わたしの腰にゆっくり手を回す。安心させる仕草でわたしを引き寄せて包んでしまうと、すり、と頬を寄せてくださった。
「貴女が自分のこれからをどのように考えているのか、聞くことはしません。……ですがぼくは、正直にお話ししてくれて嬉しかったですよ」
そう言って、いつものようにわたしの頬にキスをして、頭を撫でてくださる。こどもみたいに。
そう望まれたような気がして、おずおずと主さまと目を合わせる。……かみさまみたいな、やわらかなほほえみ。
「だからそう怯えないで。貴女にそうされるほうが、僕、よほどショックです。貴女は今でも、そしてこれからも、僕の大事な、かわいい子ですよ。……」
主さまがイワンにあたたかい紅茶を淹れるよう指示して、それからは紅茶、あまいものといっしょにわたしをあやしてくださった。
わたしがすこし涙を滲ませると、主さまは必ず目尻にくちづけをしてくださる。それがすこし恥ずかしくて、でも避けるわけにも、避けたいわけでもなかったから、なるべく泣かないように過去を話した。
わたしが親に愛されなかったこと、愛を得るために言いつけを守って生きてきたこと、……主さまを殺めることが出来たら、家族として認められるはずだったこと。
わたしは肉親に愛されるためにここに来た。けれど、この血の通った恐ろしい殺人者たちは、わたしを仲間と認めてここに置き、傍に居てくれた。
本当に愛を与えてくれたのは、あなたたちだった。
そう伝えれば、主さまはすこし照れくさそうに笑って、イワンはほんの少し、主さまの前だから目に見えては動かないけれど、ほんの少しだけ口元をゆるめた。と思う。
「そうでしたか。なら、もっと可愛がってさしあげれば良かったですね。そうしたら、もっと早く打ち明けてくれたのかもしれません。もっと早く、僕たちは本当の意味で繋がることができたかもしれない」
あまりに光栄な言葉を受けて、瞼がとろんとしてしまう。わたしはかんぜんに体を、いえ身も心も主さまに預けきっていて、ペットみたいに骨抜きにされていた。
でもそれではいけないと思って、意識を戻して、自分のこれからについて尋ねた。それから、自分の家族についてすべて話しても構わないとも。
でも主さまは、そんなことはしなくて良いし、処遇もこのままだと言う。
「何故って、さあ、可愛いからでしょうか」
僕から逃げないのなら、それで良いですよとおっしゃる。そんなかんたんなことで、良いのだろうか。それでわたしは許されるの? ううん、許されて、いいのだろうか。
訊くと、主さまは途端に意地悪な顔になった。
「〝僕から逃げない〟って、この組織から逃げる、というだけだと思っていませんか?」
「え? ……ぁ、」
主さまの、わたしの腰に回っていた手の指が、わたしのスカートの裾をさわる。そのままするすると持ち上げられると、どんどん素足が晒されていった。
「え、あるじさ、ま」
「こら。逃げない」
「あ、あ……」
恥ずかしくって、でも抵抗できず、ただ口をはくはくとしていると、わたしのスカートは下着が見える位置までたくし上げられてしまって、そのままソファの端に留め置かれてしまった。
すうすうする。わたしの下着が、完全に見られてしまう。
「ふふ。主人のソファに下着で座って、悪い子ですね」
「それは、あるじさまが……」
「でも、抵抗しなかったでしょう。いい子ですね」
悪い子と責められて、でもいい子と褒められて、わたしは頭がくちゃくちゃになった。どちらも親に言われたことのない、しつけられたこともない無関心の子どもだったわたしは、おかしくなったのか既におかしいのか、何故か喜びで震えてしまう。
主さまは、このまま身を捧げることをご所望なのだろうか。
「あるじさま、わたし、」
恥ずかしく、そして歓喜だ。何かを恐れつつもうちがわに喜びを抑えている。それが自分ですらわかる。
「どうしました。何か、仰いたいことでも?」
主さまがくすくす笑って、わたしの太ももを撫でる。
笑っているけれど、どこか遠くて深いところを見つめるような瞳をしている。
「わたし……このまま。その……良い、です」
「良い? 良いとは。もっとわかりやすく教えていただかないと」
「その。……もし、お望みでしたら」
「はい」
……そんなこと。
「……、……お望みのままに、良いです」
面と向かって言えるわけがない。
わたしがぼかした物言いをすると、ドアの前で立っているイワンはふっと音を出して笑った。睨みつける。
「イワン」
「すみません。随分と可愛らしかったので」
「ばか」
不機嫌に話していると、かあっと熱くなった頬を、細い指が覆った。
「こら、僕とお話し中でしょう」
「……だって」
「だってじゃありません。ほら、目を見て答えて。僕に何を良くしてくださるので?」
何かを損ねた子どもをたしなめるような仕草だ。主さまもイワンも、たまにそうやってわたしを子ども扱いする。
もう子どもじゃないから、捧げられるのに。
いらっとして、じゃあ行動で示してしまおうと主さまの上に跨る。それでも驚かない主さまは、挑戦的な上目遣いで笑った。
「ふふ、それで次は」
「……えっと」
主さまの腕が、わたしの腰に回る。
「う、」
「わからないですか。かわいいですねえ。侍従長、色々と教育して差し上げては?」
「ええ。お望みでしたら、お望みのままに」
ふたりしてわたしをからかってる。ひどい。ふたりともくすくす笑ってる。
「まあ、でも」
主さまが、改まったようにわざとらしく姿勢を直した。
「教育なら、僕が直々に。部下の成長を促すのも上司の務めですから。……ああいえ、もう部下ではなくなるのでしょうか。そう考えると、処遇はすこし変わりますね」
「え……あ、あるじさま」
「本日夜、貴女にはほんとうの意味でぼくを受け入れていただきます。……意味は分かりますね? 何もなくとも構いませんが、ご自由に準備をしてください」
とまどうわたしを知ってか知らずか、いや、きっとやさしく知らんぷりして、主さまは、いわゆる……そういうこと、の約束をしているのに、何でもないです、って態度で。わたしを抱っこしてやさしく傍に降ろして、離れて。本棚のほうへ行ってしまって。
緩慢な動きで本を1冊、手に取って、目次を開いては、これは違うと棚に戻す。
「最終的な目標は、そうですねえ。……ぼくに求められたとき、それがどんな時でも、すぐにぼくを受け入れられるようになること。食事中でも、かわいくねむたいときでもですよ。なまえがほしいぼくを、いつだってひとりにしちゃイヤです。すぐにぼくを見つめて……ぼくで膣を濡らして。自ら自分をさしだしてください」
そういうことで。お願いします。
目当てらしい本を持って奥の椅子に腰掛けると、主さまはもうわたしのほうを見てくれなくなった。
イワンに、退出を促される。
……廊下に出たわたしはドキドキしたまま、ぼうっとしてただイワンの後をついて行った。イワンは自分の部屋に戻ろうとしたみたいで、部屋まで着いてきてしまったわたしを見ると、おかしそうに笑った。
「おや。可愛いひな鳥さん。入りますか。食べられても知りませんよ」
からかわれて、そこでやっと意識が戻った。
そそくさとその場を立ち去ろうとするけど、おなかに腕を絡められたら、そのままぐいと引かれて入室してしまう。
「なに! わたし、」
途端に何も言えなくなった。
機敏な動きで、文句を言うために開いた口に手を当てられたのだ。
それこそ、仕事の時でしか見ないような隙のない動きに一瞬、背筋が凍った。わたしの口を塞いだ手で、Shh、と沈黙を再度求められる。
「静かに。このままいい子でお部屋の奥に行きましょう、さあ」
……腰に回された手に力が込められて、無意識に体が彼に従ってしまう。
一歩、一歩と進むうち、彼の好きなレコードがすこしと、あとは仕事に関する本やファイルが並べられた本棚ばかりが目に入った。
すこし嫌な予感がして、努めてベットのあたりを見ないようにしているのが自分でもわかる。ここに来るまでの数歩の間、イワンの口元がわたしの首筋に近かったのだ。
居間に入ると、イワンはわたしのシャツのボタンに手をかけた。上から下まで、丁寧にそうしていく。
「なに、するの……?」
「……主様は、ああ仰いましたが」
イワンの長い足がわたしの前で膝をついて、ボトムスにまで及んでいく。少しシワのついたスカートがすとんと落ちた。
「粗相があっては、いけません。すこしお勉強をしましょう」
ショーツに指が絡められたらところで、やっとイワンの手を掴む。
押しても、動かない。
「練習って。やだ、なにするの……」
「大丈夫、挿入まではしません。それは主様の為だけの聖域です。……主様の子を授かる幸福にまで到達するのか、それはわかりませんが、どちらにせよ主様のものですから。問題は……」
イワンの指に込められた力が強くなって、遂に外気にさらされる。驚いてよろけて、イワンの肩に両手をつくと、それを褒められた。
「そう、そのまま。そのまま体重を預けて構いませんから、股を開いて見せてください」
「なんで、」
「貴女、あまり性行為について知識がないでしょう」
「な」
「このまま臨んで、すべて主様に教えていただくおつもりで? いけませんよ、すこしは自分で動けるようにしておかないと」
そんなの。
そんなこと言われたって。
でも、たぶん夜は、主さまとそういうことをするのだろう。その時どうすれば? …………想像が、つかない。夜までに調べたらいいのかな。どうやって調べれば、いいんだろう。
……それならここで教えてもらったほうが。
主さまのご迷惑に、ならない?
迷って迷って、大事なところを隠すように、いつまでも腿を交差させたままのわたしに痺れを切らしたらしい。彼はわたしを軽く抱き上げてしまって、瞬く間にベッドの上にぽすんと寝転がしてしまった。
その勢いのままわたしの両足を左右に押し開く。
「あ……! ちょっと!」
「……先ほどから、何でしょう。主様のためになることなのに、何かご不満ですか」
彼の動きが止まって、わたしを問いただすように低い声を放つ。
イワンは、主様のためと言っているけど、その視線は甘く苛立ったような熱を帯びている。
それがちょっとだけ、怖くて、でも。
「それとも、私以外をご希望とか?」
そう言った時だけ、綺麗に整えられた眉に一瞬の醜さが見えた。
主さまやイワンが、仕事のために女性と親しげにした時、ふと見た鏡と同じようなものだ。
……そんなわけ、ない。
言ってほしくもなく、想像もしたくないことだ。でも、言わせてしまったのはたぶんわたしだから、意地悪と言い返して嫌うこともしない。
まっすぐ見つめることは、できなかった。けれど。おずおず言葉を差し出した。わたしは、イワンが嫌いじゃ、ない。ううん……。
「……ゆっくり、おしえて。何かするまえに、することを、言ってから……してほしい」
たぶん。
たぶん、主さまでなかったら、わたしのはじめてはイワンだっただろう。
主さまに対する忠誠心というものは、わたしにも確かにあって、そしてそれを教えてくれたのはイワンだった。
だから、決定的なことはしなかった。ゆるやかなキス、共にいること、抱きしめること……そんな、大切なサインだけ。
昨日、わたしの静かな夜のために手を出さなかった彼が、すこしの苦痛をもってわたしに触れている。
胸をかき分け、その先端の色をじっと見つめた。それでもそこにはけして触れずにやさしく周りを撫でて、わたしが羞恥で濡れたのが知れればブラをていねいに戻した。
「すこし、貴女の穴を開いて説明します。……触れますよ。私の指が、幾つか」
わたしが今まで撫でたこともないようなわたしの内側、肉をかき分けたそこに、イワンの細長い指が含まれていって、わたしにその形を教えるみたいに内部をとんとんと叩いた。
わたしがそれで呼吸を乱せば、次の説明はわたしが落ち着いてから始められた。
「ここ……ここに、主様をお迎えしてさしあげて。主様のペニスがここに入り、貴女が受け入れる……覚えて。この奥に、子宮がありますから」
もう片方の手が、わたしのおなかを外側から撫でる。わたしの内側をすべる指、それよりも上に外側を置いた。
聞き慣れた彼の声が、すこしずつ上ずっていく。
「主様のペニスがこの管を何度か擦って、そうしているうち、貴女の子宮もそれをお迎えに下がってきます。主様がここで射精を為されば……、それで……」
「ぁ、」
イワンの指がすべって、わたしの内側をすこし強く抉った。
我慢していた声がつい、もれてしまう。……それを聞いて、イワンもびくりと震えた。
短い沈黙のあと、…………目が合って、どこかぼんやりと夢を見ているような瞳が。
「…………イワン、」
呼びたくなってしまって、彼の名前を呼んでしまった。
やさしい彼の瞳が、揺れる。
「……、……いけません」
「!」
きゅ、と。
変なところをお仕置みたいに強く摘まれて、大きく跳ねる。
「ぁっ……ぁ、っえ」
「今は練習の時間です。いけません、私の名前なんて呼んでは、……あくまでも貴女に触れるのは、…… 主様であって、私は、必要な準備でしかない。単純なことです」
以降、イワンと目が合うことはなかった。
わたしのからだと主様のからだの仕組みを、神様が作ったみたいに淡々と教え抜かれた。
わたしの性感帯、主さまへの奉仕、主さまが避妊を望まれた時の方法……最後のふたつには、ズボン越しのイワンのものがすこしだけ使われた。
わたしが練習に必死になる中、彼は甘くだるく目を伏せていた。
わたしを見てはくれなくて、さびしいけれど、彼の心もわかるような気がして、無理は言わないでいた。
彼はわたしを、けして快楽に浸そうとはしなかった。
必要以上に触れようとせず、でも、わかりやすく指して、開いて。
たぶん、本当にたぶんだけど、……もちろん、主さまへの忠誠心もあったと思うけど。主さまの迷惑にならないようにって、そういう解体だったけど。
その前に、すべて貰われる前に、って気持ちがイワンにもあった。と、したら。
わたしは、うれしく思う。
すこし眠って、軽く食べて、さいごに体を清めたら、わたしはイワンに連れられて主さまのお部屋に向かった。
何とも言いづらい気まずさは、もしかしたらあったのかもしれない。けれど互いに分かちあった忠誠心が、それを善としなかった。だから、ただ目的のために動いた。
イワンはドアを開ける前のさいごに、こんなことを言った。
娘を送り出す親の気分です、と。
ドアをノックする手の形を作りながら、冗談を言った後のいつもの顔に、ちょっとのさみしさをつけて。
「こんばんは」
落ち着いた色合いのスリーピングシャツを身にまとった主さまが、ゆっくりと立ち上がる。入室したばかりのわたしたちに歩み寄って、……イワンに視線をやって、そうすればイワンは壁に背を向け一歩後退した。
主さまが、わたしを抱擁する。
「よく、来てくださいましたね。怖かったでしょうに。とても……そう、嬉しいです」
そう言って、頬ずりとキスでお出迎えをしてくださる。
口元がすこし緩んでいらっしゃって、こんなわたしのことで喜んでくださることをとても幸福に思う。
「ぼくのかわいいなまえ……ああ、貴女を失うことにならず、本当に良かった。本当に、ありがとう」
主さまの甘くとろけるような声に、とめどない幸福感が溢れ出す。
こんなわたしに。そんな言葉をくださるなんて。
「そんな……わたしこそ、あるじさま、……」
あまりの幸福に、上手く言葉が紡げない。
そんなわたしを見て、主さまはきゅうっと目を細めて微笑まれた。そういったひとつひとつの動きで、わたしを本当に愛してくださっているのが分かり、その度に震えてしまう。
神々しいとも言えるその右手で髪を撫でられて、それから腰を抱かれる。わたしのからだは砂糖菓子みたいに甘く脆くなった。主さまのていねいな力で、恐らくは主さましか体を預けたことのない、……そうであってほしい寝台の前に容易く導かれる。
やおら向き合って、何かを確認するように頬を長く撫でられた。主さまのやさしい瞳が、緩やかに開かれたアメシストいろが、わたしにふりそそぐ。
わたしのひかりのいろ、おひさまの色はこの瞳だ。
歓喜の仄暗い瞳を閉じて、主さまからのキスを受けた。
長くも一瞬のこと。お互いのくちびるの体温が同じになるまではじめてをしたら、角度を変え、吸い付いては離れるさみしさをゆるく繰り返した。
そのうちに息が苦しくなって、その苦しさをも貰われるみたいに舌を抉られる。
いま、主さまの内側と、わたしの内側が重なり合っている。
「あっぁ♡ あう、さま……♡」
幸福に声をもらせば、手首をぎゅっと握られる。後ろによろけてふたりベッドになだれ込めば、押し潰すような眼差し。わたしの下腹部が主さまの股にびったりと押されて、すり潰すように何度も、何度も前後に擦られた。その振動と共にキスは激しさを増して、その分だけ股の穴にぬるぬるとした感覚を得た。
わたしの腰がぴくぴくと甘く跳ねた頃、さいごにちゅ、と音を立てて、主さまはゆっくりくちびるを離した。
…………ぜえ、と息をして、ぼうっと主さまを見つめる。
すると主さまもわたしを見つめて、幾分か余裕のない顔でとろんと笑った。
「キス、ちゃんとできましたね。いい子、いい子……」
「あ……あ♡」
そう言って、よしよしと頭を撫でてくださる。その間にもう片方の手がわたしの股の筋を撫でて、その湿り具合を布の上からじっくり感じている。
わたしの瞳を見つめたまま、そこを、何度も、何度も指ですりすり、甘えるみたく撫でる。
「っ、……」
それが気持ちよくて、もっとしてほしくて、……直に触ってほしくて。
自らの腰を浮かせて、腿を交差させて、主さまの指が離れないように挟み込んでしまう。
みっともなくて、そして失礼なこと。だけど、止められなくて、そのままかくかくと腰を動かして、主さまの手に秘部の全体を擦り付けるように動く。
こんなにだめなことなのに、主さまはそんなわたしを見て、じんわりと頬を赤らめていった。眉がぴくぴくと揺れる。
「嗚呼、なんて……。……、なんて可愛らしいんでしょうね、なまえは……。そんなにぼくの手がお好きですか?」
「ん……んッ♡ ごめん、なさい、ごめんなさい……♡」
「…………♡ 良いですよ、許してさしあげます。……ねえ、ネグリジェ、脱いでいただいても、良いですか? 着ているなまえももっと可愛がりたいけど、裸のなまえが、見たい」
わたしの上からすこしずれて、手が離れてしまう。解剖学者の診察台を覗き込むようにわたしを見下ろした主さまが、瞳からささやく視線によってわたしのからだの奥までを見つめる。
「貴女の、日の当たらない肌のいろ、胸のかたち……子を宿せば母乳の出る大切なところの色、誰かと繋がっていた恐ろしい臍、それから…………ここ」
主さまの視線がそこに渡り、わたしの心臓は更にスピードを増した。
命が焦げ落ちるような、ときめき。
「ぼくを受け入れて包む貴女のここを……見たいんです。ここを受けて、ぼくは貴女とひとつになる。そう、貴女が今まで、ぼくのために誰にも言わなかったここを、ぼくだけにさしだしてほしいのです」
さあ、ぼくだけに、さしだして。
問われて、わたしはどきどきの心臓までもを、間違えてでもさしだしたくなった。
主さまが、わたしを欲している。
くらくらの頭がそれを理解するのは難しくて、それでもからだがねばならぬでだるく重く動く。
よろよろと上半身を持ち上げて、ネグリジェの紐を緩めた。……おずおず脱いで、ベッドの上に置いていては申し訳ないから、下に落とす。下着だけになって、それでは足りないから、ブラのホックを外して、それも落とした。
その様子を、主さまはじっと見ている。
最後に、ショーツ。腰を上げて、腰からだんだんとゴム部分を下げていく。
既に糸を引いて光る、それを見て咄嗟に羞恥の声がもれた。
それでも主さまは愉快そうにしている。
「もう、こんなに濡らしてくださっているのですか。……指で解さずとも、最後までできてしまいそうですね」
主さまが笑って、わたしはそれに見とれる。けど、最後の1枚を足から外したところで、……あ、と気づく。
主さまが、上手に脱いだわたしを褒めてくださった。いよいよ、なのだろうか。
でも、その前に、しておかないといけないことは、きちんとしなくては。
「ぁ、……主さま、もう、お入れに、なりますか……?」
「ふふ……。そんなにガマンできないですか?」
わたしの準備は、たぶん、できている。教わったとおりの具合だ。
でも主さまは? わたしがちゃんとやらなくちゃ、いけない。
「あの、もし、もしあるじさまが、おいやでなかったら……」
「イヤ? イヤなんて、ぼくは言わないと思いますが。ああ、また今度、は聞けません。それ以外で、何でもどうぞ?」
自分でこんなことを口に出すのは、恥ずかしい。けど、ただ受け入れて幸福をいただくだけではいけないと、そう教わったから。
「あ、主さまに……、主さまに……口で、御奉仕させていただけます、か」
ちゃんと誠意を見せなきゃ。
もじもじと伝えたわたしを、主さまは目をぱちぱちしてご覧になる。……すこしの沈黙のあと、急に視界が暗転。短い悲鳴で時が止まる。
主さまに、ぎゅっと抱きしめられていた。
「ぇ、あ、あるじ、さま、?」
「…………そんなこと、どこで知ったんです?」
今までより低い声が響いて、抱きしめられていて、二重に心臓が跳ねた。温かいのか冷たいのかわからない血が巡る。
「この環境下で、性的な知識を与えるものはなかったはず。なら……」
わたしへの拘束が緩んだと同時に、主さまの視線が向こうへ飛ぶ。
ドアの傍、じっとわたしたちの行為を見守っているイワンのほうを見て、主さまはじとりと目を重くした。
「……教育は不要と、言いましたが」
「申し訳ございません。しかし、主様にご迷惑が掛からぬよう、最低限は躾けるべきと判断しましたので」
貼り付けたような笑みのイワンが、わたしには目もくれず主さまをまっすぐ見つめて忠誠を示す。
主さまが不機嫌そうにわたしに頬ずりした。
「ふうん。そうですか。部下の配慮に涙が出そうです」
「それには及びません。当然のことをしたまでです」
「……………………。では、成果を見せていただきましょうか」
言いながら、指で粗末にイワンを呼びつける。意図が読めずにただ主さまに抱かれていると、突然主さまの指に、口をかぱっと開かれた。舌を指先でくるくる転がされて、それから歯をかちかちと突かれる。
「ぼく、とても気になります。貴女が侍従長に、どうやって奉仕したのか」
さいしょは、噛んでしまったりしました? 彼の一物にはその痕でも残っているのでしょうか。へえ。化膿でもするんでしょうかね。
包み隠さない不機嫌を全面に出して、恐ろしいような、拗ねたような顔をなさる。
……見ていて、ちがいます、って、早く訂正しなきゃと思う気持ちがあったけど、……なんだかその様子が可愛くて。黙って密かに心を満たしてしまう。
イワンがベッドサイドまでたどり着くと、主さまは無言で位置を変え、わたしの顎をイワンがいる方向へ撫でつけ、奉仕を促す。
それなのに、いつまでも名残惜しそうにじと〜……とした視線を送ってくるものだから、あまりの愛おしさにくすっと笑ってしまった。
主さまがむっとする。
「何です、嬉しいのですか」
「……ちがいますよ」
「!」
機嫌を直してほしくって、自分から主さまの頬にキスをする。
……ぽかんとした主さまの手をぎゅっと握って、イワンに正直になってもらうために口を開いた。
「紛らわしい言い方するから……主さま勘違いしちゃったよ」
「嘘は申していませんが」
「でも言葉足らずでしょ」
そこまで言ったところで、もうある程度理解したらしい主さまが更に機嫌を損ねて甘える。うう、と唸ってわたしに擦り寄ると、胸に近い場所を甘噛みされた。
……怒ったかな。
「あ、……主さま、その、ごめんなさい」
「……貴女のはじめてを奪われたかと」
でも、そうじゃないんですね。
安堵と、やっぱりフキゲンが入った声でお話ししてははむはむと食んでくる。胸の肉をしゃぶられる感覚に身震いしてしまう。主さまの舌がわたしの肌の味を確かめるみたいに撫でて、吸い付いて…………何度目かの味見で、遂にぴんと立った乳首に主さまの息がかかる。手を握る力を強くしてしまって、でもそんなことに気が回らないくらい、心臓はドキドキとその先を望んでいる。
……すんでのところで、わたしの胸に埋まった主さまが顔を上げた。
じーっと、わたしを見つめる。拗ねた余韻に、唇をちゅんとしているのがとても愛らしい。
「胸は? 吸われましたか」
「ううん……吸われて、ません」
「良かった。これからも、ぼくたちだけ?」
「、? ぼくたち……?」
「ぼくと、ぼくと貴女の子どもです」
脳みそが、熱せられた果実になって弾ける。
そんな振動がからだの中のすべての血に当たる感覚。
「貴女には、産み、育てていただかないと……この胸のお乳で、赤子をあやして、時にはぼくも慰めて……だから、他の誰にも口付けを許さないで。ここが、ぼくたちのすべてですから」
からだじゅうに沸き立つ歓喜を処理しきれないまま、かみさまみたいな言葉を囁いた主さまの舌が、わたしの乳首をおむかえする。ざらりとした感覚が、わたしの乳首をこりこりと転がして、それから……
赤子みたいにじゅっと吸われた瞬間、わたしの脳に叩き込まれたのは稲妻みたいな快楽だった。腰の奥がぴんと伸びて、喉が上擦った声を叫びながら天に伸びる。
後ろによろけそうになった時、イワンの腕がわたしの背を支えた。
わたしを無慈悲に主さまへ差し出して、主さまが、ずうっとわたしを食せるように。
逃げようのない今に体が怯え歓喜する。秘部がさらにさらにぬめって、早くここに、主さまをお迎えをしたいと咽び泣く。
「声、かわいいです。もっと出して……」
察したように、主さまの指がわたしの秘部に触れる。繋いだ手を解かれたさみしさと、穴に刺激の走る喜びで、どうにかなりそう。
あたまが、まっしろ。
わたし、主さまの赤ちゃんを授かるの。
主さまが遊ぶ乳が、主さまによってミルクいろを出すようになって、主さまが開く穴に子どもを宿して、そこで主さまの赤ちゃんと繋がって。
内臓すらどろどろに溶ける心地。いまわたしは天国にいる? そうなの、主さまと、白い天国……。
何度目かの絶頂によって仰け反った。跳ねた目が、ずっとわたしを見下ろしていたらしいイワンの目と合う。
……心地よいような、懐かしい目をしていた。
舌が、じんわりとトマトスープを思い出す。
やさしいあかいろ。あったかい、さみしくなくて、いっしょの、湯気のなかでお鍋をかき混ぜる背中、そのシャツに浮かぶ肩甲骨。
このひととの家庭は、きっとどうだっただろう。
街が静まる夕日の中を、手を繋いで歩くように。
「最後に良い思い出を、さしあげましょうか」
こわい歯のいろが、わたしの乳房を離す。それでも銀色にひかる唾液の線が、見えない何処かでいつまでも繋がっている気がした。
主さまの顔がイワンへ向く。
「……貴方はぼくの部下だと言うのに、ぼくの妻にご執心でいらっしゃる。ええ、困りますが気持ちはわかります。こんなに可愛い子、ぼくだって、例え仮の相手が有っても略奪しますので」
口元は笑っているように見えたけれど、どんな表情をしているかは、分からなかった。……ちがう、見れなかった。
なんだか、おそろしくて。
「さあ、なまえ。ぼくを脱がせて。ぼくの生殖器をお迎えして」
主さまが、ご自身の腿をとんとんと指で叩く。
……いうこと、きかなくちゃ。
熱に浮かされながら、よろよろとうごいて、主さまをすこしずつ脱がせていく。わたしがびくびくの快楽の余韻で指を誤るたび、主さまの吐息が笑った。
……お召し物のお手伝い、したこと、あるけれど。こんな……下着まで。
主さまが腰を浮かせて、脱がせるお手伝いをしてくださった。……待たせちゃだめ。それだけで動く。そして。
「!」
はじめて、見る。
やさしい顔の主さまと、おなじ体に宿っているものなのに、ひどくグロテスクなもののように感じられる。
……これが、わたしのなかを。
これで、赤ちゃんが?
肉にしてはすこし硬いそれの先端が、わたしの穴みたいにぬめって光っている。しばらく凝視して、息を飲んでいると……主さまはわたしの頭を撫でて、お迎えするようにゆっくり股を開いた。
主さまでなければ、だらしない格好。……主さまの、しろいしろい足の裏側がよく見える。
大丈夫、だいじょうぶ。言葉でだけだけど、イワンに習った。まずは、先端にやさしくちゅうして……
唇の先で主さまの先端に触れると、主さまの腿がぴくんと跳ねた。同時に、苦い匂いが口と鼻に広がる。
こわい。……けど、次は、全体を濡らすために。
意を決して、主さまのものをできる限り口の奥までお迎えする。
そこで主さまが、その刺激を受けながらこんなことを言った。
「貴方も脱ぎなさい。なまえに、差し出して」
「……?!」
その内容にびっくりして、口を離そうとする。
が、すんでのところで主さまに後頭部を押さえ込まれて戻される。喉の奥に先端が当たって、噎せてごちゃごちゃになる。
涙の溢れた目で見あげた主さまは、努めて愉快そうに笑っていた。
「これで、口でしていただくのは、……無理やりも、ぼくがはじめてです。それなら、別に構いませんよ? 口で遊ぶくらいは、していただきなさい」
「宜しいのですか」
「性のシンボルたる男根に囲まれた女のなまえを見る、その光景で、まあ、妥協してあげましょう」
「左様ですか。……それが主様のためになるのでしたら、喜んで」
「……白々しい。さっさとしなさい」
ぐちゃぐちゃの中で聞いたイワンの声は、主さまに何を言われても全く変わらなかった。
脱ぐ音が聞こえて、固まっていると、主さまに奉仕を促される。
「ほら、もっと構ってくださいな……貴方の夫となる者のペニスですよ」
言われて、混乱していたけど、……怒られたくなくて、必死で奉仕を再開した。
良いって、言う割に。笑うのに、イワンのことでひどく機嫌を損ねてしまわれたように感じる。快楽で熱くなっていた頭が一気に冷めて、いろいろなことに不安を覚え始める。最後に良い思い出、って、どういうことだろう。あれはわたしに言ったの? それともイワンに? イワンだとしたら、まさか彼は殺されやしないだろうか。そんなわけないよね?
不安になりながら、せめて気持ちよくなってもらわなきゃと一生懸命舌を動かした。焦らないように、でも気を抜かないように、イワンに教えられた通りのことをした。
だんだん、主さまのものが固く大きくなっていく。
「……ン、」
いつしか、主さまの声を聞いた。
顔色を伺うために、ちらりと主さまを見る。するとばちっと目が合う。
とろんとした瞳に、だらんと開いた口。そこからすこしだけ舌が覗いて、浅い呼吸を繰り返していた。
きれいな主さまが、快楽で艶めかしくわたしを見てる。
股の奥がきゅんと、呻いた。
じっと目が合うと、主さまは落ち着いたみたいで、またいつものようにやさしく微笑んで。
頬をすりすり、撫でられた。
「……いい子。ほんとうに。いま、ぼくの機嫌をとろうと、頑張ってくれていたでしょう」
ちょっと怖がらせちゃいましたね。言いながら、自ら腰を引いてわたしの口を離す。
「さあ、侍従長も準備が出来たようですよ。ちょっと大変かもしれませんが、男に囲まれる貴女を、ぼくに見せてくださいな」
わたしにさす影がひとつ増えたから、呆然と見上げる。
……布越しでしか見なかった、イワンのものがわたしに向いている。舐める前から硬く反っていて、イワンの呼吸のたび、先端がふるふると揺れていた。
彼の顔を見れば、主さまの前でいつも見せる貼り付けたような表情にすこし影が差して、ほんのり甘くつらそうにわたしを見つめていた。
「……なまえ」
呼ばれる。
そのおしゃべりで、ペニスがいまいちど大きく揺れる。
……、…………両手で握っていた主さまのペニス、左手だけ離して、……そっと握る。
わなわなと震えながら口を近づけると、イワンが苦しそうな声を漏らした。
「…………なまえ、なまえ……っ」
先端にキスをすると、それだけでイワンの腰は跳ねた。濃くて苦い匂い。それを……口にお迎えすると、イワンは腰をびくびく動かして更なる摩擦を求めた。応えて、じゅぽじゅぽと口を近づけては離すと、イワンは途端にふるふる泣きながらわたしを、何度も、何度も求める。
「あっなまえ、なまえ♡♡ なまえの、あ♡♡ 可愛いなまえッなまえ……♡」
「……もうぼくのお嫁さんですので、気安く呼ぶのはやめてくださいます? ……なまえ、さ、ぼくにもして。許しはしましたが、かなしくされると、ぼく、またフキゲンになっちゃいますよ」
……撫でられて、舐めまわして、まるで猫にでもなった気分だった。
主さまのものを口に含んでいると、なんだか不思議な気分になった。興奮して、股から溢れる液は遂に腿を滴るようになってしまって、それでも欲情以外の、愛おしむみたいな……。
主さまが微笑みを絶やさず、ずうっとわたしを撫でてくれていたからかもしれない。隠さなきゃいけないような欲だけじゃなくて、……未来のパズルを組むみたいに、ていねいにしたい、って思った。
一方、ばさばさ揺れる銀髪の中、快楽に溶けるイワンの顔ははじめて見るものだった。
眉をひしゃげて、目を細めて、舌が快楽に耐えきれずにちろちろ口周りを舐めている。あんなに、いつもわたしを支えてくれていた、それこそ本当の肉親みたいに……そんな彼が、わたしから与えられる刺激で情けなく顔を歪めている。
何かが死んでいくとともに、新しい芽生えを覚えて、死にそうになった。
やさしくて、かっこよくて、……安心できて。わたしにすべてを教えた、そんな彼が、わたしのうごきひとつで性の虜になる。
わたしを育てた人間が、わたしの思い通り。
なに? これ。
ああもっとしたい。
口の中で思いっきりイワンのペニスを吸い上げる。ついでにうごうご、舌と頬の肉をできる限り当てて動かせば、彼は呻き声をあげて、咄嗟にわたしの髪を引っ張った。
「あっあっアッ♡♡♡ なまえ、そっそれぁ♡♡ いっ、♡♡ お゛♡♡」
「!」
ぎちぎちと頭皮が引っ張られ、でもそれでもやめない。やめたくない……なんだか今は、痛いのもきもちいい? 引っ張るんじゃなくて、もっと、叩く、とか。
イワンもそうかな……そうだといい。愛撫はやめて、試しに歯を立てて、軽くきゅっとペニスを絞めてみる。
「!!?!!!!! ♡ぁ゛」
かり、と歯を押した瞬間、イワンが大きく仰け反って、口が離れた。
目の前にしろい血しぶきみたいな…………、それと大きい音がして……ベッドから滑り落ちてしまった。
「! あ、だ、だいじょうぶ? あたま打っちゃってたり、」
下を覗き込もうとしたとき、瞬時に主さまの腕に抱かれて引き戻される。後ろから抱きしめられて、前からそうされるよりどきっとした。
主さまがわたしの股をぱかっと開いて、それから、秘部さえも指で直接くぱりと開く。急にそんなことをされて、驚いて股を閉じてしまいそうだったけど、…………すんでのところで主さまだからと羞恥を抑えた。されるがままにする。
主さまがいじれば水音を立てるそこを、主さまがじいっと見下ろす。
「お気づきですか?」
主さまの足がわたしの足に絡みついて、わたしたちの肌は湿り気をもってお互いに吸い付いた。
「侍従長、ぼくより先に射精したようで。そこに彼の精液が飛び散っています。頭から落ちたので、きっと意識はないでしょう……ああ、本当に良かった。もうすこしで彼の精液が貴女の口の中に入るところだった」
よく口を離しましたね。えらいです。
おおよそわたしの考えではないことを、わたしの手柄みたいに、……わざと褒めてくださる。
当然だ。たぶん、先にイワンを、……絶頂させてしまったから。きっとまた怒らせてしまった。
「……ごめんなさい」
「? 謝ることは、何もないですよ。だって、ああ…………でも、そうですね。では最後に、選んでいただきましょうか」
選ぶ?
わたしがわからないといった仕草を見せると、主さまはわたしの耳元で遊ぶように笑った。
「きっと侍従長は、貴女のことがお好きなのでしょう。……ないと思いますが、貴女がそれに靡いては困ります。だから今一度、ぼくを安心させてほしいのです……」
きゅう、と、捨てられた子犬みたいな声で囁いて、主さまはわたしの秘部の入口に容赦なく指を突き立てた。そのまま、穴を広げるように左右に強く広げる。
声からは想像もできない、らんぼうな仕草。粘膜を帯びた肉が離れて、ぐぽっと下品な音を大きく立てる。
「っ♡ ひっ♡♡」
「……ねえ? ぼくのペニスをおむかえする準備ができたここに、そこに飛び散った彼の精液を塗ったら……どうなると思います?」
「っ、え……」
広げられた肉壁が、生まれてはじめて外気にさらされ、その寒さに身震いする。
この穴に、イワンの精液、を?
そんなこと、したら。
「きっと……そう。ぼくではなく、彼との子どもを孕むのでしょうね。挿入なく、処女のままに。そうしたら、……おや、ぼくのお嫁さんではなく、彼のお嫁さんになってしまいますね? 彼と婚姻を交わし、彼の腕の中で毎晩眠るのでしょうか?」
そうしたいですか?
「そうしたいなら、部下への餞として、ぼくが直々に塗って差し上げましょう。ぼくの指で、貴女の中に彼の精液を塗りたくってあげましょう。ええお望みならば、そうしておふたりをこの組織から逃がしてあげましょう。ぼくとさよならをして、ふたりで静かにお過ごしになりますか?」
イワンとのきっとあるだろう未来がめぐる、
たったの2秒ほど。
、彼はきっと子育てがじょうずだろう、赤子をあやすのもおしえるのも日曜日には家族みんなで教会へ行くのだろう。家事の分担カーテンのいろ子どもを肩車する彼の横でわたしが気をつけてねって笑う 雨の日は子どもが濡れないようにレインコートを着せる。子どもが見て見てって言ったものはふたりで見て喜んで、夜は絵本。おやすみのキス。明日は何をしようか。
「今日のおるすばん、とってもいい子にしていましたからね。ご褒美に新しいおもちゃを買いに行きましょうか」 そんな未来?
主さまの指が、見えない何かを塗りたくるようにくるくると蠢きはじめる。答えを急かすように、なんども、なんども。
「さあ、答えを」
主さまは、それを選べば逃がすと言った。主さまとさよならとも。
そんな……そんな、こと。イワンとの幸せ、それで幸せに、ああ、ぐるぐると指がぐるぐると脳が。ぐるぐるの……。
わたしの脳みそが甘いバターに成り果てたとき、何故か涙がぽろりと出た。
甘いのか熱なのかわからないそれが、…………わたしは今かなしいのだと諭してくれる。
……思い出して。ちがうよ。甘くもない。熱じゃない、戻って。
戻れない昔に、それを選べたらきっと幸せだった。だって、だからふたりに縋った。
そのひとりに、今、試されて。
もうひとりを。雑にされている。
わたしのひどい執着、人生をかけて育て上げたその膿が、ばちりと目を覚ます。
どちらを選んだって同じだ。だって主さまはさっき仰っていた。略奪してでも、って。
わたしの描いた幸福を、きっと壊しに来る。主さまの遊びによって得た選択肢を、その選択によって。
殺しに来る。
わたしが昔に欲しがった、そのひかりを。
「…………言わないで、ください。そんなこと……」
声を振り絞って、つたえる。なかみを上手く伝えられるかはわからない。でも、かなしいって、それだけは伝えなきゃいけなかった。
だって、膿が。どろどろと膿が。……
主さまはわたしの声色に驚いて、慌てたようすでわたしの顔を覗き込んだ。
泣いていることに気づいて、目を丸くされる。
「あっ。……あっ……?」
大事な人がわたしで遊んで、わたしの大事な人を粗末にする。それがゆるせなくて、……かなしくて。涙がとまらない。止め方がわからなくなってしまっている。
「そん、な、ごめんなさい、泣かせるつもりでは、」
「イヤ……もう離して」
「あ……い、嫌です、ぼくを拒まないで、!」
「やだ! 離して!」
わたしをなんとか繋ぎ止めようともがく主さまの腕を振り払って、ベッドの下に落ちたネグリジェだけを雑に着直して部屋を出た。
イヤ、もう嫌。べたついた体の不快感をやっと知る。こんなの不潔だ。気持ち悪い!
癇癪を起こしてしまったわたしは、ずかずか部屋に戻って延々と、泣いた。昔のことを思い出しては取り払って、また思い起こして後悔を繰り返した。
もう、ほしかったものがわからない。それ故に今までふたりに埋めてもらっていた隙間のことも、だめ。思い出せなくなった。
ばかだ。わたしは、どうしようもない。
嫌なら、なぜこの建物を出ていかないの。ここの長たるひとを拒んで、それでいてどうするの。でもわからない、こうしてうずくまって泣く以外、わからないの。
人が、泣きすぎて死ぬ生き物だとうれしい。このままもう死んでしまいたく思った。
言えたはずだ。言うべきことはわかっていたはずだ。それでも主さまを選びます、わたしは主さまのものです、って。それで済むこと。
なのに、それを言うのがとてもかなしかった。やるせなかった。いやだった。
泣く度にドアが怖かった。親でもない、殴る人が来るのか怒鳴る人が来るのか、それらのすべては最後に殺されるが用意されていた。だからドアの向こう側がおそろしかった。
夫なんて、妻なんて、そんな関係性の名前じゃなくて、ほしいのは幸せなドアの向こう側。こちらも望んで待って、あちら側も望んでドアを開いてくれるような、当たり前にうれしいふたつのただいまとおかえり。
誰かがやって来るのを怯えるドアなんて、誰かから逃げるようなドアなんて、そんなものはだいきらいだ。
……だいきらい、だいきらい、でも……ああ……
動かない頭でふらふら立ち上がる。おおきめの鞄、もうわかったから、そこにわたしのものを詰める。
もう手の届かない幸福があることは、もう、もうわかったから、せめて平穏に居させてほしい。何ももう、望みたくはない。二度とはないのだ。
逃がしてくれるなら、言葉のとおりなら。もうそれで、いいでしょう。わたしひとりなら略奪もなく、わたしの大事な人は殺さず、殺されない。わかったんだ。わたしは人と幸せになってはいけない。なれないのだ。ひとりで自分を抱きしめて生きていかねば、人によって人にされたわたしは、そうでなければいけなかったのだ。人によって得た幸せは、試される、壊される。人間というのは、そうなのだ。それでしかない。
わたしに社会性というものを教えたのはいつも親ではない暴力だった。だから誰の子でもないわたしも暴力的に思いついてはそれをする。これがわたしの、本来の姿なのだ。
少しでも主さまの面影のあるもの、いただいたものや、一緒に作った何か、そんなものは鞄には入れない。ひとりで生きていくために必要なものだけを詰め込んでいく。
ハンカチが目に入って、わたしの手は止まった。……、……鞄の奥に。
そうしていると、ドアの向こうからノックの音がした。
「なまえ、ねえ、聞いてください、お願いですから……」
明確に無視をする。するとその先の言葉が幾つか続いたが、意味は拾わなかった。何を言ってもわたしには関係がない。
詰め終わると、ドアを最小限に開けてさっと退出する。主さまには目もくれず出ていこうとすると、主さまに腕を掴まれる。
咄嗟に振りほどこうとする。離れない。
「離して」
「嫌です。話を聞いていただくまで、貴女をひとりにはできません」
「イヤ……」
「ねえ……聞いて。ごめんなさい。嫉妬してしまっただけなんです。侍従長は、いつも貴女の傍にいたから……」
甘い声でわたしに絡みついて、ごめんなさいと言う。しおらしく。
なのに……その指先が布越しにわたしの乳首を探し当てて、きゅっと摘んだ。
「っあ……♡」
からだに電流が走って、鞄が手からすべり落ちる。びくんと震えてよろけた体を、逃がさないとでも言うように後ろから力強く抱きしめられた。
「こら……、下着もつけないでお外に行くつもりだったんですか……♡ すこし弄っただけで、こんなに動けなくなってしまうのに……♡」
「ちがうっ、それは」
「ちがわない。可愛い可愛いなまえが、誰とも知らない者にレイプされてはこまります。それこそ嫉妬でそこかしこを消し飛ばしてしまいます……」
さらに秘部にも手が伸びて、廊下なのに、クリトリスをくちゅくちゅと愛撫されてしまう。布が擦れて、腰ががくがくと快楽に壊れる。
「ぁっ゛……あ♡ やだ、あるじさまあ……♡」
「うん……♡ まだ、ぼくのことを主として呼んでくださるのですね。うれしいです……♡」
首筋にいっぱいキスを降らされて、遂にひとりでは立てなくなる。逃げたいのに、からだが言うことを聞いてくれない。甘くて苛立って、どうにもできない。
主さまに完全にもたれると、主さまは満足げにわたしを腕におさめた。
ずるずると引きずるようにわたしの部屋へ通されれば、ベッドに、まるで生贄みたいにていねいに置かれる。
いやなのに。もうここにはいたくないのに。
「や……もう、おわかれなの」
「…………。どうしてそんなにかなしいことを言うのですか?」
寝かしつけるみたいな主さまが、ベッドに腰を下ろしてわたしを見つめる。慈しむみたいに、髪を撫でてくれる。
……すこしあんしんしてしまって、でも、おこっているから、それを伝えた。
「だって……。……あるじさまが、やなこと、いうから、」
子どもみたいに言うと、主さまは困った顔をした。
「そうですね。……大事なひとのことをあんな風に言われて、嫌になってしまいますね。パニックにも、なっちゃいますよね……ごめんねします。でもね、嫉妬しちゃったんです。だって貴女は、かわいい……大好きなんです」
……そう。それが、いやだったの。
首の下をくすぐられる。なんだか、あやしてもらってるみたい。癇癪を起こしたお腹の熱が、だんだんとさめていくのを感じる。
さっきは、あんなに嫌だったのに。主さまに理解してもらって、……あやしてもらうだけで、こうなってしまう。
「愛しているんです。貴女はぼくを慕ってくださいますが、それは恋ではないのでしょう。……ぼくは、侍従長みたいに家事も得意ではなくて、気も利かないですが。それでも貴女に好きになってほしいんです。貴女を、独り占めしたい」
主としてではなく、ひとりの男として。
そう言って、密やかに頬を赤くする。純情な乙女みたいな表情。
あまりに光栄な愛の告白のはずなのに、わたしのこころは気恥ずかしさのためか、変に揺れる。
……恋ではない、って。
さっき、わたしからキスしたのに。
わざとらしくむっとした顔をすると、主さまはぴくっと震えて、あせあせ狼狽えた。おびえたような顔をする。
「……イヤでした?」
わたしの顔色を伺ってくださる。
でもそんなの、わたしのしてほしいことじゃない。
「こっち……きて。ください」
「!」
腕を広げて、主さまに来て、ってする。
「イワンなら、わたしがむっとしてたら……抱きしめてくれてたんです」
それからしばらくの間、イワンならこうした、イワンはこうやる、って主さまにワガママを言って、なんでもしてもらった。
主さまへのいじわるも、そりゃあ、理由だったけど。やっぱり主さまはすごくって、寛大で。そんなばかなわたしが望んだことひとつひとつに応えてくださった。
「おなかとんとんして、頭なでて……ください。イワンなら、わたしがふきげんなとき、そうしてます、から」
事実、わたしはイワンに恋をしている。のだろう、けど。
それは彼から教えてもらった信仰に反する。彼を大事にするなら、彼の教えを守らなきゃ、いけないんだと思う。だって、イワンはあのとき、やっぱりわたしを犯そうとはしなかった。
過去のひとつひとつが、宝ものみたいにわたしのなかでひかる。
鮮明に覚えたい、わたしの今とひと繋ぎの思い出。いまでも欲してやまない、でももう二度とは汚せない、わたしの遠くあたたかなひかり。
…………イワンは、わたしが好きって言っても、きっと一緒にはなってくれない……そうじゃなくても、恋と信仰のなかで、困らせてしまうから…………
「……、それから、……キス、ほしい、です」
主さまの唇は、薄く柔らかい。わたしよりすこし体温が低く、夜の雨を思わせる。
だいすき。
大丈夫。このさき、きっと幸せ。
たくさんのキスを受けながら、抱擁をいただきながら、主さまのものがすこしずつまた固くなるのを感じていた。
大丈夫。わたしはこのひとを愛している。紛れもなく恩人で、過ごした時間も愛の根拠になり得る。愛も恋もしている。
触れてもらって、心臓がどきどき高鳴る。こんなにも好き。元々濡れていた秘部は熱を取り戻して、主さまがネグリジェの端を捲ったとき、……ほしい、って自分で思って、自分からおずおずと股を広げた。
ここ、って示すように、腰が自然と動く。主さまは浅く呼吸をした瞳でそれを、すこしだけ……眺めて、努めてゆっくり、準備を進めた。
たぶん、わたしが怖がらないようにしてくださっているんだと思う。
それでも、わたしの女性器に主さまの男性器がはじめて触れたときには、びくんと、なかの繋がる臓物が上に引き攣るような感覚があった。
主さまがそれに気づいて、やさしくキスを落としながら聞いてくださる。
「良いですか」
…………こくん、と頷く。
おあずけの分、主さまはもう待たないようだった。
主さまがいちどみじかく息を吸うと、腰に力が入って、何かが明かされていく。
わたしのはじめてが、主さまに突き破られていく。
「あ……あ、主、さま、あ」
「……、……う、」
みちみちと、せまい肉壁が、……主さまだけのところが、主さまに拡張されていって。
わたしの体が、主さまからいただいた分だけ形を変えていくのがわかった。
ぬめりと摩擦が熱をもちながらせめぎ合って、骨伝導でしか聞こえないようなくぷくぷとした音を肉中に響かせる。
主さまの股の付け根がわたしのそれにぱち、と付いた時、貫かれたわたしはあまい呻き声を上げた。
「……っああ……。ねえほら……。一緒に、なった…………」
主さまがわたしの片手をとって、結合部をなぞらせる。……わたしの中から、主さまの入れない部分までの輪郭。
「ね、ぼくを感じますか。なまえだけの、ぼく」
ときどき脈を打って、主さまの呼吸とともにくらくらになる。
そう……わたしと主さまは今、ひとつ。
拍手が必要なくらいの歓喜に、必死にこくこくと頷く。
「しあ わせ……」
うわごとみたいにつぶやいて涙すると、主さまはほんのりと微笑まれた。とても、きれい。
主さまの腰がすこしずつ動きはじめて、主さまのからだ、そのからだの揺れにわたしも従う。一緒に、動いていく。
そのたび、ピリ、と、幸福だけじゃない感覚がして、口がだらんと開いてしまう。はしたないことだからと直そうとするのに、何故かできない。そのうえ口が開く度に情けない声がでて、恥ずかしくなる。
反射でぎゅっと主さまを抱きしめると、主さまはわたしの耳元で、嬉しそうに笑ってくださった。
「ね、好きですか……♡」
「ぁ……♡ ん♡ っン……♡♡」
「ぼくのこと、好きって言ってください……♡ そうしてくだされば、ぼく……死んでもいい……♡」
「っやだ♡ すき♡ すき……いっしょ……♡」
「あ…………♡ っかわいいっかわいい……♡♡ ええ、ええ……♡ ずっと、いっしょですよ……♡」
主さまの動きが激しくなって、わたしの中がぐずぐずに溶かされていく。肉の音、水の音がより一層大きくなっていく。
あまりの快楽にお互い背中を丸めて、少しでも密着しようとお互いに縋り付く。どちらからともなくキスをはじめる。甘い声を聞かせあって、耳までとろけそう。
あ。わかる。もうすぐ。もうすぐで、ふたりで天国……。
そうしたら、主さまとの赤ちゃんができて……。
「はっ……はっぁ……♡ あ゛う、!♡」
わたしの秘部がぎゅっと主さまのペニスを締めると、主さまの浅い呼吸が、いちど大きく跳ねて不規則になる。
「あ、なまえ、う、♡ ……ン」
あ、と思った瞬間、中で熱いものが弾けて、主さまの細い輪郭がびくびくと脈打つ。あまりの熱さに腰を引こうとすると、主さまがすぐにそうはさせまいと動いた。わたしの手を握ろうとした主さまの手が汗で滑って握りそこねて、それに苛立ったようにもういちど、主さまとは思えない乱雑さで手首を掴まれる。
逃がさない、逃がさないと言うように、最後まで腰を奥へ奥へと運ばれる。それを、わたしの内臓が歓喜に震えて飲み込む。
最後の1滴まで奥へ、ぐりぐりと流し込むように注がれると、………………やっと主さまは脱力して、わたしに覆いかぶさるように倒れ込んだ。
…………主さまの重さと、それによる息苦しさにまでめろめろになる。
きゅんと膣を締めると、主さまがぴくりと跳ねた。
「っ、こら……まだほしいのですか」
「あ、ご、めんなさい、」
「はあ……♡ だめです、なまえがかわいくて、……♡」
「、あ……♡」
中で、またむくむくと質量を取り戻す。わたしの肉が、歓喜にうねるのを感じた。
「もう、体力は限界なんですがね……」
だるく甘そうに言う主さまが、わたしと一緒にくるんと向きを変えて横になった。抱きしめあいながら揺れていたときとはちがう、まっすぐ目と目が合って、ちょっとだけ照れてしまう。
「このまま、休憩……しましょう。おなか、窮屈かもしれませんが、良いですね?」
「……はい」
「いい子」
主さまが頭を撫でてくださる。膣がきゅんきゅんしながら、動いて動いてって急かすけれど、このままでもじゅうぶん幸せ。
ううん、きっとこの先、わたしが想像もつかないような幸せだってあるんだ。
「ね、ぼくのかわいいお嫁さん」
頭の次は、頬にそっと手を置いて、乱れた髪を耳にかけ、指の腹で撫でてくれる。
快楽の余韻に浸る意識のなかで、それを受ける。
「これからも、……その、いろいろ迷うことがあるかもしれませんが」
言いかけの言葉を不思議に思っていると、主さまはわたしと額をこつん、と合わせて、やさしく囁いてくれた。
「言ってください。遠慮なさらず。嫌なことは嫌、と。だって……これからは、ぼくの部下ではなく、ぼくの人生の伴侶なのですから」
……微笑まれて。
もう、幸福の絶頂だと思っていたけれど。
ぶわ、と心が花開くのを感じた。
ほら、やっぱり、わたしの想像を超える幸福がある。主さまがそこに導いてくださる。
わたしは歓喜に思わずうっとりと涙した。……ああ、昔のわたしに教えてあげたい。わたしは、過去に望んだ何もかもを手にすることができるのだと……その幸福をひとかけらでも、渡してあげたい。ああ、幸せ、しあわせ…………
「おはようございます、なまえ様」
次の日から、イワンはわたしをそう呼ぶようになった。
胸を切り裂かれるような衝撃だった。
まるですべてが無くなるような。
自然なこと。彼の行動原理を問えば当たり前のこと。
そうわかっているのに、嫌に泣きたくなって、そういう瞳でイワンを見つめた。
それでもひとつも目が合わない。
合わないのに、彼の退出後に、テーブルの上にハンカチが置かれているのを見た。
かなしい6月のことだった。