みにとりっ!


「だざいくんがぼくのかみひっぱった!!」
「フョードルがけるからいけないんじゃん」
「(すやすや)」

 背中にまっしろあかちゃんを背負いながら、わあわあ言ってすがりついて来るふたりの子どもをよしよしとあやす。太宰さんとドストエフスキーさんが叫んでも、澁澤さんはぐっすり眠っている。
「だざいくんが、だざいくんが」
「うるさい!」
 ぺち!
「あ!」
 ちいちゃいけれど、たしかに鋭い音がした。
 太宰さんがドストエフスキーさんのほっぺたを叩いたのだ。
「…………ぅ゛あ゛ーーーーー!!!!」
「太宰さん! 叩いちゃだめって言ったでしょ!」
「言ってない!」
 丸まってぎゃんぎゃん泣き出してしまったおチビを腕の中にしまい込んで太宰さんを怒るけど、太宰さんはちっちゃくなっても太宰さんのようで反抗されるばかりだった。






「子ども育てたくない?」
「ハ?」

 突然家にやって来た友人に、突然そんな事を言われた。
「聞こえなかった? 子ども育てたくない?」
「聞こえてるけど、訳わかんないけど」
 訳わかんないことを言っているゴーゴリが着ていたコートの裏にゴソゴソと手を突っ込む。「こら逃げない」とか「うわ! 噛まれた!」とか言い始めたため、嫌な予感を察知する。
「待って待って待って、もしかして生き物?」
「あーうん、元気に生きてるね」
「ばか!! 拾ったところに返してきなさい!!」
「ガキンチョのお母さん? あ、いいよその調子でお母さんモードに入ってて」
 なんでかお母さんお母さん言うゴーゴリが「捕まえた!」と言って、コートから手をすっぽり抜いた。
 わたしの胸に押し付けてくる。
「はい! だっこして!」
「は?」
 差し出されたものを反射で受け取る。……しろい髪の毛が、結構しっかり生えてきている、赤子。
 まだ1歳にもなってないくらい? いや、冷静に分析している場合じゃないけど。
「あーもうあとのふたりはもう走れるから捕まえらんないな! ちょっと待ってね」
「いや、え? 赤ちゃん? 遂に誘拐に手を出した?」
「物騒なこと言わないで!?」
 ゴーゴリのデカい声にびっくりしたのか、しろい赤ちゃんはふにゃふにゃ言って泣き出してしまう。赤ちゃんの世話なんかしたことないわたしは戸惑ってしまって、ひとまず赤子をあやす人を見た時の記憶を引っ張り出し、見よう見まねでゆらゆら揺らす。「よ、よーしよし」「あーコラッ逃げるなっての!」「びっくりしたねー」「ギャーまた噛まれた!! なんなの!!」「いい子よー大丈夫よー」「物を投げないで!!」うるさい。



「で、子ども3人誘拐してきたと」
「違うよ!?」
 クッションの上に座って赤ちゃんを抱きながら、ゴーゴリがやっとこさコートから出してきた子どもふたりを見る。
 ひとりはゴーゴリをひたすらパンチしまくっており、もうひとりはわたしが飼っている金魚の水槽にひっついてデメキンをじっと見つめ「おさかなさん」と言っている。
 このふたりには何か既視感があるような。
「で、お隣さんのわたしにも隠蔽を手伝えと……」
「誘拐設定まだ抜けてなかった!? 違うってばさ、訳あって預かってたんだよぉ……」
 だんだんゴーゴリがしゅんとしてきてしまったので、少々やり過ぎたかと思い訂正する。
「……嘘だよ。ごめんね。育児の手伝い? できる範囲ならするよ、1日だけ預かるとか」
 片方立てていた膝に肘をついて笑ってみせる。すると、ゴーゴリはぱああと顔を明るくした。
 こういうのがこいつの愛らしいところなので、つい意地の悪いことをしてしまう。
「うわーん! なまえなら分かってくれるって、僕、信じてた!」
「あっ赤ちゃん寝てるから縋り付くのはやめて」
「えっ」
 こっちに飛びついてきたゴーゴリを間一髪避けて、赤ちゃんをぽんぽん叩く。
 倒れたことでデカい音が立ってしまったから心配したけれど、赤ちゃんは変わらずわたしの腕の中ですやすやねむっていた。1回寝たらなかなか目覚めないタイプかな。いい子だ。
「こ……これが……赤ちゃんにお嫁さんをとられた夫の気持ち……ってワケ……」
 何故か恨めしそうな顔をされた。別にお前とわたしは夫婦ではない。
 床にダイブしてしまったゴーゴリが座り直すのを待って、詳しい事情を訊いてみる。ゴーゴリはうーんと唸って、なんて説明しようかなあと首を傾げた。
「なんていうか、一言じゃ説明できない複雑な事情、みたいな?」
「え…………ウソ、ヤダァまさかの隠し子かよ」
「え!?!??!」
「しかも3人も……なかなかやるじゃん。隅に置けないヤツだなーお前!」
「ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう、そっちの誤解のほうがヤダァ!!! 僕なまえ一筋だからぁ!!!」
「いや初耳だが」
 さらっと告白してきたゴーゴリは置いておいて、じゃあこの子たちは一体何者なのかとひとりで考えてみる。
 まずひとり、ブラウンブラック、ふわふわの髪。一心不乱にゴーゴリをパンチする反抗的な茶色の瞳。
 それからもうひとり、黒色の真っ直ぐな髪。金魚を見つめるアメジスト色のぱちぱちおめめ。
 赤ちゃんは……今は寝ちゃったけれど、さっき見た時はあかいろの瞳から涙が滲んでいた。
 うーん。既視感。というより、なんだかこの取り合わせに見覚えがあるような…………。
「うーんだめだわからん。ねえ複雑な事情なら、ドストエフスキーさんあたりに相談してみようよ」
「なーあに」
「ン?」
 そこで突然、今まで金魚の水槽にひっついていた子がわたしの元へてけてけやって来た。
「どしたの?」
「? なーあに」
「……え?」
 目の前まで来てくれた子と見つめあって、その目を見て、……とある考えが頭をよぎる。
「……ごめんね。呼んだだけなの。何を見てたの?」
「おさかなさん! あのね、目がね、おっきいんですよ、ぼこって」
「あーあれはね、デメキンって言うの。おさかなさんのお名前ね」
「でめきん」
「エサあげてみる?」
「! いいんですかっ」
「いいよ、おいで」
 立ち上がって、片手で簡易的な一段脚立を持ってきてやる。水槽の前に置いて、その子に手を貸す。
「登れる?」
「……んん……」
「ゴーゴリ、持ち上げてあげて」
「はっハイ!!」
 ちいさな手にエサを数粒乗せてやりながら、隣で待機しているゴーゴリに大人の身長でこそこそ話しかけた。

「……本人?」
「はい正解です」



 既視感、これだったか――。


 金魚にエサをやって喜ぶ子ども……もとい、ドストエフスキーさんが手を洗うのを手伝いながら、答え合わせをする。
 3歳くらいのふたりは太宰さんとドストエフスキーさん。そして赤ちゃんは……。
「なんで澁澤さんだけ赤ちゃん?」
「いやホント、僕もわかんないんだよね」
 すやすやの赤ちゃんは澁澤さんらしい。まじか、あんな怜悧な人にもこんなあぶあぶの赤ちゃん時代、あったんか。いや当然だけども。
 ちなみに太宰さんはゴーゴリを殴るのは飽きたようで、勝手にテレビを付けてすっかりくつろいでいる。ここはわたしの家だぞ。
「……でね、これオムツ。あとミルクも渡しとくね」
「え?」
 コートからぽんぽん赤ちゃん用品を出してきた。ん? どういう流れ?
「というわけでしばらくお願いできる?」
「舐めたこと言ってんじゃねえ」
「ガチ怒!?」
 あまりの発言に素が出てしまった。
 どう考えてもこの3人の世話をひとりでするのは無理がある。しかもひとりはまだ赤ちゃんだ。……いや動き回れるふたりの方がヤバいかもしれない。
「無理すぎでしょ。わたし仕事どうすんの」
「それは今後僕が養うから……」
「わたし、仕事、どうすんの?」
「ヒィすいません、ほ、ほらなまえ在宅じゃん、ね、ね!」
 必死に頭を下げるから、綺麗な三つ編みがブンブン宙を舞っている。めっちゃ綺麗だが、その長さのために凶器になりかねないことは自身で把握しておいてほしい。
 ……。ゴーゴリがこの3人を預かった経緯は知らない。しかもこの3人が何故ちっちゃくなっているのかもまるで見当がつかない。
「……」
「う……。えーん……お願いお願いお願い……」
 …………けれど、コイツが割とガチで困っているのはわかる。大体ゴーゴリの仕事は接客だし、対処できるのはわたししかいないんだろう。……まあ仕事遅れるって言えばなんとか……。
「おねがいぃー……」
「毎日の食材代はこっち持ち、その他消耗品代はお前ね」
「お願いお願いお願いお願いいい」
「いつ元に戻るか知らないけど、服とかはその都度割り勘してもらうから」
「お願いダヨォーなまえしかいないんだヨォー」
「じゃあ預かっとくから、明日の仕事のために休んどきな」
「責任とるから! 責任とるから! ね! ね! 幸せにするから!」
「じゃあねー」
 必死に頭を下げるゴーゴリの背中を玄関まで押して、お外にぽいと投げてからドアを閉める。
 踵を返してリビングに戻ると、そこには各自自由に部屋を動き回っているふたりの子ども。
 そして、腕の中には赤ちゃん。

 ……うーん。やっぱり何が何だかわからない。が、ひとまずいつか戻ると信じて、子どもの育て方でも検索しよう。