なんでもいいばけもの
『太宰くんの誕生日だしケーキ食べてきたよ。お誕生日おめでとう』
「なにそれ」
普段独り言なんか言わないけど、私はなまえのことになるとよく独り言を言う。思うことがたくさんあるのに、そういう時なぜか当の本人は私の傍にはいないからだ。
でもそういう不満をぶつける仲ではないし、じゃあ傍にいてって手を引いてもなまえは靡きそうにない。嘘、なまえ相手だと上手くできない。
そろそろもっと踏み入った関係になってみたいと思っても、体が上手く動かないどころか口も回らなくって嫌になる。そういうところが逆になまえはすこしお気に召したようだけど、頼りない可愛い同僚から恋人になる可能性はかなり低いだろう。
何もなまえは別に私のことが嫌いなわけじゃない。それは分かるけど、私と不容易に関わりを持とうとはしてくれない。
「一緒に食べようとかないわけ……」
このメッセージがそれをいちばん物語っている。
まさに確信的で、連絡をくれたって言うのに、悲しくて声が震えた。涙は出そうとは思わなかったけど、泣いたって良い気分だ。
このままちょっと面白いと思った日常のことを教えあうだけの仲で終わるんだろうなと容易に想像はできて、それで悲しんでも、メッセージをもらって、いちいち喜ぶんだろう。
ばかみたいで、でも手放せないから返信を始めた。
『自分が食べたかっただけでしょ笑 でもなんか、ありがとう?』
すぐ既読がついて、やっぱり喜ぶから自分が嫌いだ。
『バレたか』
やっぱりね。
なんて返そう。私にプレゼントないの、なんて冗談はなまえにはあまり向いていない。そこまでの冗談ができる仲じゃない。だって私だって、なまえにそう言ってもらえたなら、何でも準備してしまう。
『何のケーキ? それ』
『シフォンケーキだって、レモンの。持っていこうか?』
……。
ちょっと嬉しいサプライズで、そりゃあちょっと喜んだけど、一緒に食べるわけじゃないし。
『太宰くんが食べるなら2個買ってわたしももう1回食べちゃおうかな』
…………。
一緒に食べに行けたわけじゃないし!
『食べる。お茶用意して待ってる』
変なところで不満が爆発して、なまえは私と一緒に食べるとまでは言ってないけど、なまえが断りづらいところまで一方的に思い込んだようなメッセージを送った。
なまえは人の勘違いを指摘したがらない人間だからって分かった上で送る。ずるいことをした自覚はあるけど、爆発だからしょうがない。
内心嫌がってても私の知ったことじゃない!
こうなったら私の気が済むくらいのことを無理矢理でもしてもらわないと困る。
『わかった。買ったら行くからお茶よろしく!』
困るけど、内心嫌がっていたらどうしようと思って、やっぱりすこし泣いた。
なまえは花柄のワンピースを身にまとっていた。プリントされた小さな花柄が可憐ななまえによく似合う。
会った途端に抱きしめたくなった。私のためにケーキを買ってきてくれたちいさなかわいいなまえ。私よりこんなに背がちいさい。今までに遊んできた女の子たちにしたみたいに、上から覆って下から持ち上げるみたいに腰を抱くことが出来たらどんなに嬉しくってスマートだろう。
「はいケーキ。お邪魔しまあーす」
かわいい。じっと見てしまう。
「? 太宰くんどいて。上がれない」
上がれないのは困る。早く靴を脱いで私の部屋の奥の奥まで入ってほしい。土足のままでも良いよ、もう。
ケーキを受け取って一緒に居間へ向かう。一緒に。なまえのカーディガンを受け取ってハンガーにかける。
「ありがと」
台所へ行ってケーキを並べるためのお皿を探す。探……す。が、そうだ。おしゃれなお皿も無ければ、そもそも自炊なんてしないから皿という皿がない。かろうじてお茶碗。お茶碗でケーキ? ティーカップだって、コップくらいしか。
からっぽの食器棚。
あ、見せたくない。なまえにこれを見せて思われることが嫌だ。
ううしまった借りてくるしかない。そう思ったところでなまえが様子を見に来てくれた。
「なに? おさらないの?」
「あ、……ええと」
「無いなら無いでいいよー洗い物増やすことないし」
あれ? これってじゃあ家に帰って食べるね、の流れ?
終わったと思って、じゃあこのまま抱きすくめて身動きを取れなくさせて押入れにでもしまっちゃおうと思った。それで抵抗されてもずっとしまい続けて、食事も何もしないでじっとなまえの入った押入れを監視し続けて、逃げようとしたら邪魔をして、そのうちなまえが死んで、それから私も死のうかな。それが私たちの永遠かな。
かなり指先が数ミリ動いてしまったけど何とか抑えて、なまえは、なまえとは叶うならまっすぐにていねいにすずしくうれしく結ばれたらいいかなって、そう思ったから、やめて、それでなまえの言葉を待った。
「太宰くんさえ良ければ箱の中から直接食べちゃお。フォークだけある? お茶も無理して用意することないよ」
……一緒に食べてくれるみたい。
でもそれってどういうこと? なまえの配慮はいつも私に痛い。フォークすら使わないような生活力のない男だと思われてる? お茶も無理することないって? それってお前はお茶なんか用意できないだろってこと? そこまで洗い物ができない奴だと思われた?
私を嫌うほどこわい人じゃない、なまえは。でもやさしさの言葉が、真になまえの何かの線引きを物語っている気がして、私はそれに怯える。
なまえと私が結ばれるようにはできる。本当にこうすればそうなるとわかっていることは幾つかある。でも、私はなまえに今のこういう自分を好きになってもらいたい。だから現状、格好悪いって思われないかヒヤヒヤしてる。
どうすればいいんだろう。
……なまえがもっと、私より頭の良いひとだったら良かったのに。
そうしたら、私の悩みなんてすぐ見抜いてしまって、私を丸め込んで、良いように使ってくれるだろうに。
そのほうが楽だ。いっそ私を確実に害でなくしてほしい。このままの私だと、思い浮かぶことすべて、何を選んでも、行えば私となまえは結ばれちゃう。なまえが完璧な本心で都合の良いように仕立てて傍に置いてくれれば、私はなまえにとって完璧な私でいられるのに。
フォークをふたつ出して、ケーキの箱を開ききってしまって、その上でふたりで食べた。たまにお互いのフォークがぶつかって、かちゃりと音を立てた。
「ん、ごめん」
そのたび、たまらなかった。
「うん」
私はなんでもいいばけものだ。なまえがいてうれしい。なまえにこのフォークであーんが出来たらうれしいし、なまえにこのフォークを突き立てて危害を加えてもうれしい。何でも、なまえなら喜んでしまう。
だから、だめなんでしょう。傍にいたいのに、むしろずっと遠くにいたほうがいい気もする。でもそれは無理、無理だから。絶対に離さないから。金でもセックスでもなんでもするからって本心を言いたいけど、それは筋道とちがう。でも近くでいるから。私は。
「おいしいー。でも2個も食べちゃったよ今日。デブかも」
じゃあその分一緒に運動する? 私が寝そべるからなまえが腰振ってくれないかな。逆でもいいけど、カロリーを消費したいんだもんね? 叶えてあげたいな。一緒におさんぽ? 良いな、なまえといつか星を見に行きたい。でもなまえは太ってもかわいいよ。
「ともかくお誕生日おめでと」
「ありがとう。ケーキもごちそうさま。すこしゆっくりしていったら?」
「いやーゆっくりしたら寝ちゃいそうだから」
おねがい。ゆっくりして行くって言って。
「そっか」
「お祝いできてよかったよ。しかも本人の家でなんて、ちょっとしたお誕生日会だったね」
会と言えばお葬式、結婚式。結婚したいな、結婚式はふたりだけで挙げたい。
なまえと結ばれたい。葬式もいいな。残された私だけの。ここで殺そうかな。
「来年もこーして祝えたらうれしいね」
来年も。
そうか来年もこうしてくれるのかもしれない。
私は意地でも来年までなまえをどうにかしてしまわないように頑張ろうと思った。