道ハズレ案内
「ねえ殴り合いしない?」
「よっしゃやろう」
ってくらいのノリでぶん殴りあっていた数十分。お互い髪も顔も服もぐちゃぐちゃでばかみたい。ぜえはあ。
「目潰しはダメだって言ったじゃん」
「太宰こそ堂々と女の股を蹴り上げるな」
「ハハハハハハ!」
昔から、わたしと太宰は何かと波長が合った。わたしが殴り合いしたい時はあっちもなんとなく暇を持て余している時だし、太宰が寂しいときはわたしもなんとなく寂しいから一緒にいた。お互い、ほんとうに気を遣わなくていい相手、って認識だったから何もかもがシンプルで楽で、だからこそお互いに唯一というわけでもなかったから尚のこと楽だった。
「なまえって処女だよね? 僕童貞なんだけど、試しにセックスしてみない?」
突然そう言われた日も別段驚きはしなかった。まあそういうことも気軽に言ってくるだろうなという予想はしていたし、その時は断ろうと前から決めていた。
「いやだ」
「は? なんで」
思えばあれがはじめての仲違いだった。わたしたちは何にしても許しあっていた。わたしたちの間で、いいかダメかの質問はただの確認だったけれど、その日だけはそうはいかなかった。
「なんとなく」
「は? ちゃんと答えなよ。僕とセックスするの嫌なの?」
やけに畳み掛けて積極的に訊いてくる太宰は意外というか、見たことがなかったから、内心驚きつつも答えた。
「……体の関係持ったらわたしたち、堕ちるとこまで堕ちそうだから?」
ほら、1日中避妊もせずにセックスしたまんまになって、倫理観やばくなりそうじゃない?
適当に述べると太宰はあーそれもそうか、と素直に賛成してくれた。
「相性良すぎてダメになるよねきっと」
「そうそう、他の何も出来なくなるよ」
「じゃあなまえは一生処女?」
「うーんどうかな。太宰とわたしだったら堕落生活まっしぐらだろうけど、他の人ならまあまあの感じで楽しめるんじゃない?」
「やめときなー僕相手じゃないと絶対気持ち良くならないよ」
「それもそっか」
「じゃ、なまえは一生処女ね」
まるで念押しするように言われた。セックスに特にこだわりはないから、うん分かったと答えた。その後に同僚や上司から何回かセックスのお誘いがあったけれど、なんとなくで太宰に言われた通り処女を貫いてきた。
セックスの誓いから数年経って、太宰は立派なプレイボーイになった。わたしには処女を保たせるくせして、自分はかんたんに童貞を捨てている。
「まだ処女だよね?」
「うん」
そして事あるごとにわたしの処女を確認。
訳がわからないけれど、わたしも今まで太宰に幾つかの訳のわからないことをしてきたため、不問。
これが男と女の差なのかもしれない。わたしたちには、それくらいの違いしかなかったから。
「昨日野外プレイしてみちゃった」
「いいじゃん。どうだった?」
「一句詠むね。寒くって、私のちんこ、萎えちゃった」
「ギャハハハハ!!!」
ちんこを温める仕草をとった太宰が面白すぎて、その日はばかみたいに酒を入れてしまった。結局萎えて最後まで出来ず、普通に屋内に戻ってヤッたというオチまで聞いた時はもう堪らなかった。
「面白すぎる。やばいー」
「やばいよね。思い返すと滑稽すぎて気分上がってきた。殴り合いしない?」
「するったらする!」
わたしが殴って太宰が殴って、お互い以外の奴をかんたんに殺しては報酬で酒を呑んでまた暴れる。街を走り回ってピンポンダッシュしてそこらへんの車に落書きして帰る。帰ったら寂しくて抱きしめあって眠って、また殴る蹴るの繰り返し。そのうちにお互いの寿命が尽きて死んで、三途の川あたりでまた水遊びをする。それまでずっとこう。生きているうちは何も変わらない。ばかみたいな日々。飽き飽きしてもやめられない続き。ずっと続く日々の中で、繰り返し繰り返す。
そうなると思ってた。
「彼、マフィアを裏切ったよ。ああ太宰君のことだね」
森さんに呼ばれて部屋に入って、わたしは一応礼儀正しそうに真っ直ぐ立っている。けれど表情はぽかんとして、頭の中も整理がついていなかった。
「全く痛手すぎるよね。手放すには惜しい人材だったし! で、なまえちゃん。太宰君から何か聞いてた?」
「え、なんも聞いてない。今知った」
「敬語! 敬語教えたよね! どの部分にも反映されてないセリフだったね!」
何も聞いていなかった。最近の太宰は仲の良い友人と過ごしていたらしくて、あまり会っていなかったし。
そうか、と思う。
あいつ、マフィア抜けたんだ。抜けたくて抜けたのかな。どうだろう。
そうでもないような気がする。
「そうかぁ仲良しのなまえちゃんにも何も言わなかったかぁ。困るよね、彼、マフィアの機密情報をよくよく把握しているから」
困った顔をして、デカいため息をつく。
森さんの言いたいことはわかる。わたしだって森さんには昔から一応お世話になっている義理があるから、嘘はつかないつもりだ。もとい、嘘以前に、本当に何も知らないから何も言えないのだ。
それから、要求もわかる。
「なまえちゃんって、太宰君を殺せる自信ある?」
ニコリと綺麗に微笑んで見せた森さんの顔をビンタしてから答える。
「自信……ですか。あんまりないですね」
今はマフィアを抜けただけだからまだいい。けれど、敵組織に所属なんかしたら厄介だから、早めに殺しておきたいんだ。
たしかにわたしと太宰は似た者同士だし、わたしは太宰の行動パターンをほぼ模倣できたりもするけれど、それはあっちだって同じだ。策の講じ方だってお互いお見通しだろう。……となると。
「あんまりないっていうか、多分むり」
「えっ……なんで私ビンタされたの?」
「キメ顔が胡散臭かったから……痛かった?」
「痛かったよ!? 結構全力だったよね!?」
「それはゴメンなさい。よしよし」
「ああっそう優しく撫でられると年甲斐もなく……きゅうん……」
テーブル越しにナデナデすると、森さんはネコちゃんみたいになってわたしの手にもたれてきた。
重いので、押し戻す。
「あれっ」
「殺せるか殺せないかの件に戻るけど、無理ですよ。まず殺す気があんまりない」
「……どうして? 太宰君は君を置いていったじゃない」
「置いていかれた気はしないけど、なんでマフィアを抜けたかなとは思います」
ふふ。
ちいさく、笑い声が聞こえた。
「彼には元々、光の素質があったのかもね?」
……森さんの顔をもう一度、よく見る。口元だけで笑っている。瞳は、ただじっとわたしを見ていた。
わたしと目が合うと、嬉しそうに瞼を和らげる。
「君には、ないよ」
その一言だけで。
その一言だけで、ほんとうにわたしを可愛がっていることがわかった。
ほんとうにわたしを信頼しているのがわかった。
同時に、わたしには無理だと言い含められているのもわかる。しないよね、しちゃだめだよ、と。
縋るみたいに、でも決定のように。
「でもね。確かにきみと太宰君はほんとうに、似た者どうしだよ」
言い含めたあと、必要な言葉であやす。
「太宰君を殺せるのは、似た者同士の君しかいないと思っている。どんなに強くても、駄目だと思うんだ」
確かにまあ、嬉しくはある。太宰とお揃いは、楽しかったから。
森さんの話術はほんとうに上手くて、何故って、この流れだと太宰を殺すことこそが、わたしと太宰が似ていることの証左になる。太宰と似た者の日々を取り戻すためには、わたしが太宰を殺せばいい。そういうことだ。
残された者の心情を、よくよく捉えている。ほんとうにするどい。
「太宰君に、復讐したくない?」
……。多分、したい。
したいのだろう、この胸は。わたしを置いていった太宰のことを考えるだけで、むかむかするから。
「……したい、かも」
「うん、そっか。そうだよね。当然のことだと思うよ。それじゃあ」
「でも殺したいとかじゃないんですよね」
「ん?」
今度はわたしが森さんの瞳をじっと見る。
森さんがきょとんとした。
「殺したいとかはないけど、復讐……ってか、アイツが一番嫌がることはしたいかな」
「…………えっ。
……なっなんでこっち来るの」
「森さんも付くもの、付いてるよね」
「えっえっ、えっ? …………アーーーーーーーーッッッッッ!!!!!」
「……こ こわかった 若者の持久力、恐ろしい」
森さんが手で顔を隠してめそめそしている横でベッドの端に座り、一服。
なるほどセックスというのはなかなか良いものだ。これは太宰相手じゃなくてもハマっちゃうな。
「でも森さんも何だかんだ気持ち良かったんでしょ。じゃなきゃこうなってないよ」
「うう……私の貞操が……」
「うるさいなー別に昔から風呂いっしょに入ったりしてたじゃん。変わんないよ」
「それはなまえちゃんがちっちゃい頃だろう!? あ゛あーかわいいかわいいなまえちゃんを食べてしまった…………いやこれは私が食べられたようなものだけど…………」
何やら自責の念があるらしい。森さんは布団にくるまって唸っている。
後半は自分もちょっと腰振ってたくせに。へんなの。
「で、どう?」
「えっ……ど、どうって?」
「わたしとのセックス、よかった?」
吸い終えた煙草を灰皿に押し付ける。それから振り向いて、森さんを隠していたシーツをやさしく取り払う。
すると森さんは顔を隠していた手をおずおずと退けて、潤んだ瞳でわたしを見つめた。
頬、真っ赤。かわいいね。
「……気持ち良くなかった?」
「いっいや……! そういう訳じゃ……んん、気持ち良かった……です。ハイ」
「じゃ、またしたい?」
「エ゛!? それは……その……。……しっ、したい、です、……したい!!」
「ふーん」
「えっ……あっ つっ次はいつにする!? 首領権限で、私たちの予定合わせておくよ!」
「いや、しないけど」
「エッ! エッ?」
「てなわけで、処女は森さんにあげた。なかなか良かったよ。森さんも気持ち良かったって、またしたいってさ。以上、太宰マフィア脱退おめでとう記念報告、終わり」
背を向けあった木陰のベンチに、それぞれ男女が背を向けあって座っている。お互い帽子を深めに被って、ありきたりな眼鏡かサングラスをつけて。
「あれから何人かとしたけど、結構いいじゃん、セックス。なんで勧めてくれなかったのさ」
ひとりは勿論わたし。そしてもうひとりである太宰は、座ってからちっとも喋らない。怒るかと思ったのに、まさかの大ハズレ? 復讐失敗?
せっかく太宰の居場所がバレないルートで連絡とってやったのに、何なんだ。もしかしてもうわたしのこと好きじゃない? でもその割にちゃんと来てるし。
やっぱり最近の太宰はわからない。なんだか寂しくなっちゃった。
「それじゃあね。次会う時は敵かな? 太宰殺すの胸糞悪いし、面影一切残んなくなるまで整形でもしといてよー」
立ち上がると、突然背中を掴まれて引っ張られる。
また座ってしまった。
太宰は相変わらず座ったまま、それでもわたしの服を掴む手にはぎちぎちと力を込めたまま喋る。
「よく聞けこのクソビッチ」
「ああなんだ、喋れるの。裏で喉潰しに遭ったわけじゃないんだ」
「黙って。ねえなまえお前、私がきみのこと好きなの、分かってたろ」
「アハハ知ってる知ってる。セックスの練習までして、健気だったね」
そこまで好いた女の処女にこだわる意味は本当にわからないけど、太宰の行いの意味というのはなんとなく分かっていた。
だって、わたしだって、好きな人とする前には練習しときたい。わたしだって、好いた男の童貞が他の女に使われてたら許せない。ぶち殺すもん。
やっぱり似た者どうし! うれしくなった。
「きみはそれを分かってて、クソ、性悪、売女、クソ女。ぶち殺してやる」
「森さんを? 今のお前じゃムリだよ」
「どうせその後も何度かヤッたんだろ」
「流石、よくわかったね」
「似た者どうしだからね。名器に決まってる」
「どうやらそうみたい。どうしてもって、ちょっとした策略をされてね。そっか。じゃ、セックス上手いのもおそろいだね!」
おそろいに気づいてうれしくなって、でも、そうだ、わたしたちの違いは性別だけじゃないと気づいた。
好きな人と好かれた人ってのもあるのか。太宰とちがうの、悲しいな。
「ねえクソビッチ、聞きな。きみは私といる方が幸せだよ」
「だろうね。あの頃が懐かしいよ」
「マフィア辞めな。今からきみを連れていく。抵抗しないで」
「いやだ」
「何故。マフィアが好きなわけじゃないだろ」
「ねえ太宰、もしわたしたちが敵になって、殺し合うことになったら、おまえ。わたしを殺せる?」
「無理。なまえはどうなの」
太宰の手を振り払って、今度こそ立ち上がる。
全然離してくれなかったから、小道具まで使うはめになっちゃった。ちょっとした電流だから大丈夫だと思うけど、それでもやっぱりただの殴り合い以上のことは太宰とはしたくない。
「できないに決まってるでしょ」
やっとこちらを振り向いた太宰を見下ろして、笑う。
できない。そうに決まっている。だからわたしたちは、同じ組織に所属していようがいなかろうが、行き着く先は一緒なのだ。
「もし」
「うん」
「もし本当に敵対して、お互い殺せないでお互いの組織からの信用を失ったら、ふたりで何かの組織作っちゃお。それか死の」
ギャハ。
汚く笑うと、……数秒ののちに、太宰もやっと笑った。
「そうじゃなきゃ一緒に死んでくれないかんじ? それならその状況、努めて作っちゃおうかな」
「まあた死にたがってるー。いいじゃん、組織作るのも楽しそうだよ」
「何の組織作るのさ、ばあか」
「お笑いとか」
「マジで訳わかんない、最高。そうしよ」
「じゃあね。また遊ぼ」
「ねえ今日セックスしよう」
「無理。夜仕事」
「ねえ」
「だあめ。バレる」
「じゃあ次に会う時工作してから来て。てか、明日」
「身を隠すための期間に裏社会の人間と頻繁に会おうとするな」